コーチングのメカニズム

サッカー日本代表フォワードの古橋亨梧選手は、中央大学をあと3カ月で卒業するという12月の時点で、プロになれる見込みがありませんでした。そのため一時は「大学でサッカーを諦めなければいけないかもしれない」と思いつめ、佐藤健監督(中央大学サッカー部)の前で涙を流したほどだったといいます。

もしあなたが佐藤監督だったら、あなたは古橋亨梧選手にどのような言葉を投げかけるでしょうか?

君ならできる

佐藤監督は古橋亨梧選手にかけたことはもちろん「大丈夫。絶対に(プロに)行かせるから。あきらめるな」でした。「君ならできる!!!」と背中を押してあげることがコーチの役割だとすれば、佐藤監督はまぎれもなく古橋亨梧選手にとってのコーチだったのでしょう。

プロ入りを諦めかけた古橋亨梧選手でしたが、急転直下、J2岐阜への入団が決まり、それからはJ1神戸に移籍して世界的大スターの元スペイン代表のイニエスタ選手やビジャ選手などと一緒にプレー。2021年にはスコットランドの名門セルティックに移籍し、日本代表にも選出。スピード出世を果たしました。

中央大学サッカー部時代にJリーグのチームの練習に参加しては内定がでないを繰り返していた古橋亨梧選手に、いったいどのような転機があったのでしょうか?

チャンスが見える

古橋亨梧選手がJ2岐阜に入団するチャンスをもたらしたのは佐藤監督の行動でした。佐藤監督と交流のあった大木武氏(60=現J3熊本監督、2021年10月8日時点)が、J2岐阜の監督に就任するというニュースをたまたま目にした佐藤監督は、大木武氏に直接連絡し、「うちの古橋をみてもらえないか?」とお願いしたのです。

そして直接古橋亨梧選手のプレーをチェックした大木武氏と岐阜の強化チームは「(古橋亨梧選手は)本当にどこのプロチームのスカウトの目にもひっかからなかったのか?」と驚き、古橋亨梧選手に内定通知を送ったのでした。

そう。古橋亨梧選手がJ2岐阜に内定するきっかけをつかんだのは「たまたま」だったのです。しかし似たような話を聞いたことがないでしょうか?

そう。2020年全国高校サッカー選手権の優勝メンバーになった岩岡遼太さんがクリスチャーノ・ロナウドに直接質問する権利を手に入れたのも、岩岡遼太さんの父親がキャンペーン募集の広告を「たまたま」目にしたからでした。

たまたまではない

チャンスをつかめるかつかめないかの差は「たまたま」で処理されることが多いですが、実は「わたしにはできる」と確信している人が見ている世界と、「わたしにはできない」と確信している人が見ている世界は異なるのです。

「わたしにはできない」と思っている人の世界はこう。

「わたしにはできない」人の世界

その一方で「わたしにはできる」と思っている世界はこうです。

「わたしにはできない」人の世界

卒業生の名簿

どうしても実現したいことがあって、なおかつ「自分にはできる」という確信をもっているとチャンスが見えます。わたしにも「たまたま」チャンスが見えたという経験が何度もあります。

例えば外資系の経営コンサルティング会社に入社したいと思っていた大学3年生の時、わたしには気軽に連絡して相談してもらえる現役の経営コンサルタント社員が誰もいませんでした。そんな時「たまたま」目についたのが、高校の卒業時に渡された「卒業生の名簿」でした。

「卒業生の名簿」をパラパラめくっていると卒業生の就職先が記載されており、わたしは「たまたま」志望企業に入社している卒業生を何人か見つけたため、早速記載されている電話番号に連絡してみることにしました。

わたしが恐る恐る電話をかけてみるとなんと!、志望企業に入社している卒業生の母親が電話に出てくれて、親身になって対応してくれたのです!

電話して大丈夫?

現役の経営コンサルタントの連絡先をゲットしたわたしでしたが、連絡する前に調査したところなんと・・・・・わたしが直接携帯電話に連絡しようとしている卒業生は、その企業の役員として活躍していました。わたしはちょっと迷いました。「さすがに役員の携帯電話に直接電話したら驚かれるだろうし、マズいことがあるかもしれない」と。

しかしどうしても外資系の経営コンサルティング会社に入社したかったわたしは、意を決して連絡することにしました。本当に外資系のコンサルティング会社に入社したいなら、これくらいでビビっている場合ではないと判断したからです。

わたしは今でも役員の携帯電話の番号をダイヤルし、「プルルル・・・・プルルル・・・・」という呼び出す音が鳴っている最中の緊張を忘れることができません。「電話にでてほしい」という気持ちと、「留守電に切り替わってくれ」と願う気持ちが入り混じって生きた心地がしませんでした。

もしかしたら「プルルル・・・・プルルル・・・・」と呼び出している最中に、わたしは気持ちが折れて逃げていたかもしれません。しかしもしわたしが本当にビビッていたら・・・やっぱりチャンスを手にすることはできなかったでしょう。

コンフォートゾーンの2つの意味

さて、今日の講義で伝えたかったことは、コンフォートゾーンには2つの意味合いがあるということです。

まず1つ目は『チャンスの見える範囲』という意味。佐藤監督は「古橋亨梧選手を絶対にプロに行かせたい」と願っていたからこそ、大木武氏のJ2岐阜への監督就任がチャンスに見えたのだと思います。わたしの場合も同様です。「絶対に外資系コンサルタント会社に入社する」と確信していたからこそ、わたしは卒業生名簿のなかにチャンスを見出すことができたのです。

次に2つ目は『自分にはできると思える範囲』という意味。古橋亨梧選手は「自分は絶対にプロになる」と思っていたからこそ、J2岐阜に自分を売り込みにいったのです。同様に、わたしは「自分は外資系コンサルタントになる」と思っていたからこそ、「役員に電話して大丈夫かな?」というビビる気持ちをぶっ飛ばして、面識のない高校の先輩に電話をかけることができたのです。

つまりコンフォートゾーンをズラスことに成功すると、「目に見えたチャンスを迷わずつかむ」ことができるのです。ひらたくいえば、コンフォートゾーンをズラす前であれば「自分には分不相応だから諦める」という態度をとっても不思議ではない状況でも、コンフォートゾーンをズラスことに成功すれば「わたしならやれる」と行動できるのです。

「ビビッて行動できない」のと「ビビらす行動できる」の違いはとてつもなく大きいのです。あなたはコーチングを学ぶことによって「それ」(ビビらす行動する)をやることができるようになるのです。だから実現したいことを実現できるようになるのです。

以上、コーチングのメカニズムを専門用語をなるべく使わずに説明しました。わたしがあなたに伝えたかったことは、もしコーチングを学んで実践できるようになれば、あなたも大きな変化を生み出せる・・・・・ということなのです。

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