戦後日本教育の「問題点」について紹介してきました。しかし「問題だらけの教育ならば、日本はなぜ高度経済成長を遂げることができたのか?」と疑問に思う人もいるでしょう。
結論からいえば、戦後の日本教育が「ねずみの条件付け教育」だったからこそ、日本は戦後の焼け野原から世界第一位の経済大国にまで発展することができたのです。どういうことでしょうか?
英国病
すべての人が「いい教育」を受ければ社会がよくなり、逆に「悪い教育」を受ければ社会が悪くなる、という発想をするのが直観に反しない「一般的な」発想でしょう。
しかし社会はそう単純なものではないのです。実は、教育が悪いゆえに社会が栄える場合もあるし、教育が良いがゆえに社会が停滞することもあるのです。
たとえば故・森嶋通夫先生(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス名誉教授、大阪大学名誉教授)は、イギリス(英国)が英国病(1960~70年代、イギリスの経済成長は停滞した)にかかったのは、英国の教育が良かったことが原因の一つであると主張しました。
イギリスの教育がよかったので優秀な人材は教育界にとどまり、実業界に進出しなかった。そのためイギリスでは学問は隆々と栄えたのに、産業界が落ち込んだ。
というのが森嶋通夫先生の主張です。
そして英国病の原因はもう一つあり、こちらの方が重要でしょう。よい教育とは個性をのびのびと育てることです。非常に個性的な人材を育てることです。ところが個性的な人材ほど、企業の良き部品にはなれないのです。
日本の繁栄
日本では「個性をのびのびと育てる」ことよりも、人材を標準化することで大量生産向きの部品にすることが優先されます。
幼稚園から大学までの18年間の最も大切な人格形成時に、受験地獄で締めつける条件反射教育をほどこし、『奴隷的な人格』を定着させるのです。
ここでいう『奴隷的な人格』とは、「言われたことに従う」心の働きのことです。『奴隷』ではない『自由人』の場合は、命令に絶対服従する場合でも、命令に納得するから服従するのですが、『奴隷』の場合はそうではないのです。
『奴隷』の場合は、命令に納得していなくても納得していても、命令が正しかろうがなかろうが、心の中では命令に従うことが死ぬほど嫌であっても、主人(上司)の言いつけには喜んで従うのです。
日本の教育では、生徒は教師の意見や受験のルールには無条件で従います。事実、『校則』がそうでしょう。たとえ「不合理な校則」であっても、喜んで従う生徒が「いい子」として認められ内申点を獲得し、合格のチケットをつかめるようになっているのです。
正しいのか、間違っているのか?ということに疑問をもたないことを繰り返すうちに、『奴隷的な人格』が形成され、大学を卒業した暁には「見事な部品」として企業の歯車として利用されるのです。
日本の没落
高度経済成長期の大企業の経営者は、日本の大学で勉強したかどうかにはあまり関心がありませんでした。そのため大学は「人生の踊り場」と呼ばれ、ろくに勉強しなくても卒業すれば大企業への就職という恩恵を受けられたのです。
大企業の経営者が気にしていたことは「いい大学」を卒業したかどうか?だったのです。なぜ「いい大学」の卒業生を優遇したのかといえば、「いい大学」の卒業生であるほど、大企業にとって都合のいい「奴隷人間」である確率が高いからです。
高度経済成長期において日本の大企業は、受験教育によって「奴隷人間」を大量に確保することによって競争力を確保した歴史があるわけです。
しかしその前提には「大量生産すればするほど有利になる」という経済的な前提があったことは見過ごしてはいけません。
かつての日本企業は、鉄鋼、自動車、家電といった大量生産するほど限界生産力(労働だけ増やした時の生産量の増加分)の面で有利になる分野において強かったのです。
しかしグローバル化によってかつて後進国といわれていた国との競争に巻き込まれるようになると、かつての「勝ちパターン」は通用しなくなります。
平成の時代、日本だけがGDPを成長させることができなかった理由のひとつは、時代の変化に教育が追いついていないことにあったのです。
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