これまでの講義では『空』『仮観』『中観』について順番に解説してきました。縁起についての理解は深まったはずですが、大事なのは知識ではなく『実践』です。
そこで縁起を理解した人の生き方というものはどういうものなのか?という点について解説しておきたいと思います。
3,000万円の報告書
わたしはかつて外資系の戦略コンサルティングファームの一員として働いていました。外資系の戦略コンサルティングファームにプロジェクトを依頼すると、数か月のプロジェクトに3,000万円ほどの費用を請求することはザラにあります。
コンサルタントにとっての最終成果物は「報告書」ですから、数千万円もの現金が「報告書」になるわけです。
あなたは「数千万円もする報告書に本当にそれだけの価値があるのだろうか?」と思ったはずです。実際のところはどうなのでしょうか?
残念ながら報告書に価値があるかないかは、クライアント次第です。数千万円もする報告書が役員のデスクの中に大切に保管されている場合もありますし、現場社員によってフル活用される場合もあります。
ここで焦点を当てたいのは、報告書が「大切に保管」される場合と、報告書が「フル活用」される場合の、クライアント企業の考え方の違いです。
大切に保管 VS フル活用
報告書が大切に保管される場合の、クライアント企業の典型的な考え方は、「コンサル様の報告書なんて意味がない」です。
社員が報告書を「意味がない」と思う理由は様々あります。単純にコンサルタントのことが嫌いだから世話になりたくないという場合もあれば、コンサルタントが報告書を作成する過程で「報告書の結論に重大な影響を与える前提が、変更になった」というような場合もあります。
一方で報告書が「フル活用」される場合の、クライアント企業の典型的な考え方は、「コンサルが完成させた報告書はあくまでも仮説である」です。
勘のいい方ならお気づきかもしれませんが、前者(報告書を大切に保管)の考え方は、「空」の思想をニヒリズム(虚無主義)と誤解しているようなものなのです。
その一方で後者(報告書をフル活用)の考え方は、空の思想をニヒリズム(虚無主義)で終わらせることなく、仮観の境地にまで発展させています。
走りながら考える
もしあなたがお金や時間を投下して何かを達成したいなら、報告書をフル活用するクライアント企業のように、「すべては空なのだから、あらゆるものに意味なんてない」などと誤解するのではなく、仮観の「すべてのものは仮説」であるという境地にまで至らなければいけません。
そして「すべてのものは仮説」であるという境地に至ったら……次にあなたが意識すべき発想は(もちろん)『中観』の実践です。中観とは、コンサルが作成した報告書を「意味がない」といって切り捨てるのではなく、「仮説だから意味がない」といって切り捨てるのでもなく、「仮説を改善し続ける」という態度のことです。
つまりあなたの人生の今この瞬間瞬間に、縁起(「空」⇒「仮観」⇒「中観」)を導入するのです。こむずかしい言葉を使わずにそのことを表現するのであれば、縁起の生き方とは「走りながら考える」ということです。
走るだけでもダメ、考えるだけでもダメなのです。「走りながら考える」ことこそが重要なのです。
そのことを強調しているのは、何かに挑戦するも挫折して諦める人が多いことを知っているからです。少し失敗しただけなのに「やっぱりわたしはダメなんですね」というような発言をする人がウジャウジャいます。
しかし「ダメな自分」、「うまくいかなくて悩んでいる自分」というのも「仮説」なのです。仮説でしかないことに「ガチ」で悩むなんて馬鹿げています。
その一方で「うまくいっている自分」というのも「仮説」なのです。「仮説」でしかないのですから、せっかく手にした幸運が「一生あるもの」などと勘違いしてはいけません。
もちろん「うまくいっている自分」を自覚したら「調子に乗るな!」ということを言っているのではありません。
ナーガールジュナが「あるものはないのだ」という発想に囚われることなく、「あるものはもっとあるのだ」という思想を発見したことを思い出すことができれば、「うまくいっている自分は、もっと改善できるのだ。」という思想にたどり着くことができるはずです。
不幸な自分も幸運な自分も「仮説」なのです。「走りながら考える」という生き方を実践し続ける人だけが、「現状」を突破できるのです。
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