某日本人女性がエミー賞にノミネートされたことを知り、「世も末だな」と思いました。そんなたわいもないことをたまたま一緒に飲んでいた友人に話したことがあります。
エミー賞は、アメリカのテレビに関連する様々な業績に与えられる賞である。映画におけるアカデミー賞、演劇におけるトニー賞、音楽におけるグラミー賞に相当する。
わたしの軽口を聞いた友人は「あ~。その人、嫁さんの幼馴染なんだよね」と笑いながらいいました。一瞬、気まずい空気が流れました。
スモール・ワールド現象
知り合いを芋づる式にたどっていくと比較的容易に誰とでもつながっている、という仮説を「スモール・ワールド現象」といいます。
社会心理学者のスタンレー・ミルグラムは、繋がりに必要な知り合いの数は平均して6名であることを1967年に実験で検証しました。これを『六次の隔たり』といいます。
ミルグラムの実験から時は流れ、SNSが普及した現代は『一次の隔たりの時代』といっても過言ではありません。有名人ともなると、知らない人からさも10年来の友人であるかのような口調でダイレクトメッセージが送られてくることも珍しくないそうです。
以上のような状況を踏まえると、わたしは人類の歴史上、現代ほど『縁起』の教えが重要な時代はないと思います。たくさんの人とつながれる可能性がありますが、どのような縁起を生み出せるかはあなた次第なのです。
わたしの知人は、「F1をもっと身近で観たい!」と思い立ってコネをフル活用した結果、現役のF1選手と友人になり、関係者席でF1レースを鑑賞したそうです。一昔前なら「あり得ない」ことが現実になるのも現代ならではの醍醐味です。
まさに般若心経の「空即是色、色即是空」の世界です。ここで以前の講義で解説した慈円の歌を思い出してください。
「庵という実在はない」のです。柴と柴を結ぶことがなければ庵は存在しないのです。つまり無なのです。しかし柴を「結ぶ」ことにより、庵は有に変換されるのです。これを「空即是色」といいます。
しかし「結び」を解けば、庵はなくなるのです。庵は有から無に変換されるのです。これを「色即是空」といいます。
人間関係も同様です。
人間と人間を「結ぶ」、つまり縁(えにし)を結ぶ、ことによって、『知人』『友人』『親友』『恋人』『夫婦』『愛人』『同僚』『上司』『部下』『顧客』などが生まれるのです。これが「空即是色」です。
しかし「結び」を解けば、つまり縁(えにし)を解けば、あると思っていた人間関係は無に変換されるのです。これを「色即是空」といいます。
これまでの講義を受講したあなたなら、あなたを中心に宇宙の果てまで続く関係の連鎖を、これまでよりもずっと臨場感をもって体感できるはずです。

しかもその関係性は、現在だけに限ったものではありません。過去・現在・未来にまでつながる関係性の連鎖を感じることが重要になります。これを『一念三千』といいます。一念三千とは「わたしたちの一瞬の生命が全宇宙に行きわたっている」という感覚です。
以上が、縁起であり空の思想でした。そして仮観の思想とは万物流転の思想であり、「仮の役割」を担うという意味なのです。
仮の役割
あなたにはかつて『赤ちゃん』という役割がありました。そしてあなたの役割は『子ども』『学生』『社会人』『夫(妻)』『父親(母親)』『祖父(祖母)』『役職』『投資家』『社長』などに移り変わるのです。
なぜ移り変わるのかというと、あなたを中心とした人間との関係性が変わるからです。そして関係性が変化するスピードは、人類の歴史上、おそらく激しくなっていると思います。
「永遠の愛」「地域共同体」「国民国家」などへの依存が低下し、複数回もの結婚と離婚を経験したり、複数の土地に愛着をもったり、祖国から離れて生活する人も珍しくないのです。
縁起を生み出せる人にとっては、現代社会は人類の歴史上まさに『最高の時代』だと感じるでしょうが、その一方で縁起を生み出せない人にとって現代社会は、人類の歴史上、もっとも『生きづらい時代』だと感じるでしょう。
あなたは「最高の時代」を生きたいですか?それとも我慢しながら生きづらい時代を生きたいですか?
この質問は実はイジワルな質問です。なぜならばこの質問の意図は、「最高の時代を生きたい!!」と考える素直な人をあぶり出すことにあるからです。
あえてイジワルな質問をした理由は……「すべては関係性であり、すべては仮説である」ということを繰り返し伝えられると、極端な発想になる人が続出するからであり、あなたに注意を喚起したいのです。
最高ですか?最高です!
かつて「最高ですか?最高です!」というかけ声で有名になった新興宗教(法の華三法行)もありましたが、これはわざとやっているのです。
あえて「どんな風に最高なのか?」ということを伝えないことによって、信者それぞれに「最高の状態」を妄想させ、期待させるという作戦です。
なぜ「最高ですか?最高です!」のようなセリフを採用したのかといえば、おそらくは信者からのウケがいいからでしょう。
大勢の信者が集まって「最高ですか?最高です!」の合唱を繰り返しているうちに気持ちよくなり、ますますその宗教にハマってしまうのです。
くれぐれも注意してください。類似した手法を実践しているのは、なにも新興宗教だけではありません。東証一部上場の有名企業ですらやっていることです。テレビコマーシャルを観れば「●●を買えば最高になれる」というメッセージを受け取るはずです。
「最高になれる!!」というメッセージに常に晒されているからこそ……さきほどのわたしからの質問に対して「最高の時代を生きたい!!」と回答しそうになった方は、(本当に)注意する必要があります。
これまでの講義で解説してきた『空』や『仮観』などの抽象的な話が続くと、極端な発想をする人が一定数生まれてしまうのです。
極端な発想とは具体的には「すべては関係性であり、すべては仮説なのであれば、何をするのも無意味なんじゃないか?」という『ニヒリズム(虚無主義)的な発想』のことです。
もしくは逆に「すべては関係性であり、すべては仮説なのであれば、わたしが願うものはなんでも叶う!!」という『利己主義的な発想』をする人もいます。
ニヒリズムは生きる希望を挫き、利己主義は他人を不幸にします。いずれもわたしの本意ではありません。ですからまだここで縁起についての解説を終えるわけにはいかないのです。
どうすれば……ニヒリズム(虚無主義)や利己主義に囚われずに済むでしょうか?
勘のいい方ならお気づきでしょうが、ズバリ答えは「大乗仏教の天才ナーガールジュナが解明した『中観』(ちゅうがん)を理解すること」なのです。
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