梨泰院クラス ~ 幸福と愛の物語

2020年のコロナ禍で巣ごもり消費が注目されるなか、Netflixの韓国ドラマが注目されました。そのなかでも最上級の人気を誇ったのが「梨泰院クラス」(イテウォンクラス)です。

梨泰院クラスはさながら「韓国版半沢直樹」(もしくは韓国版忠臣蔵)といってもいいような内容で、絶望・復讐・恋愛・愛などがテーマになっている作品です。

そのため深く考えずに観ても単純に楽しめるのですが、メインのテーマとなっているのはやっぱり「幸福」と「愛」なのでしょう。

梨泰院クラス(予告)

これ以降の内容は、ネタバレも含みますのでご注意ください。

幸福とは?

幸福とはなにか?わたしの言葉で言い換えるなら「勇気スパイラルを回す過程で得られる貢献感」と定義できます。しかしほとんどの人は「幸福」を実感することができません。なぜか?その理由は「不安スパイラルを回すことに必死になっているから」です。

勇気スパイラルを回す人

勇気スパイラルを回すのが主人公の「パク・セロイ」(演:パク・ソジュン)です。パク・セロイは、正義感あふれる男であり警察官になることを夢見ています。しかしその正義感が強すぎるがあまり「そこそこ妥協して適当にやる」ということができません。

その結果、大きな権力者と正面衝突しても頭を下げることができず、大きな苦しみを背負うことになります。権力者に適当に頭を下げて手打ちにしてもらえば、何不自由のない生活を送ることができたはずなのに、自らそのチャンスを棒に振ってしまうのです。

例えばパク・セロイは、人生に一度しかない貴重な青春時代に「大好きな女の子をほっぽり置いて、7年間遠いところで暮らしてお金を貯める」という決断を下します。パク・セロイは明らかに「普通」ではない異質な人間として描かれています。

不安スパイラルを回す人

その一方で不安スパイラルを回すことに必死になっているのがパク・セロイと対立する「チャンガ会長」(演:ユ・ジェミョン)です。チャンガ会長のモットーは「弱肉強食」。そして地位と権力を手に入れても、その欲望は留まることを知りません。常に新しい何かを手に入れていないとチャンガ会長は満足することができないのです。

なぜ満足できないのかといえば競争原理のなかで「勝つ」ことだけが「チャンガ会長」の『幸せ』だからです。しかし競争である以上、勝つこともあれば負けることもあります。だからこそ負けることに異常に恐怖し、自分に恨みをもっている存在を踏みつぶそうとするわけです。

本当の幸せとは?

「絶対に成功してやる」と心に誓ったパク・セロイは、多くの視聴者の期待を裏切ることなく最終的には大成功します。しかし視聴者をある意味で裏切っているのは、「成功したから幸せ」ということをことさら強調して「いない」点においてなのです。

最終話では「何気ない生活」に幸せを実感しているパク・セロイが描かれています。「復讐が完了した時点でハイ終わり」にせずに、最終話の内容が平凡なのは「何気ない生活」にある愛を描きたかったからでしょう。

似たような構成の物語が日本にもあります。そう。「鬼滅の刃」です。「(ボスの)鬼舞辻無惨を征伐してハイ終わり」にせずに、鬼殺隊が守ったものを最終話でちゃんと描いています。

なぜ「何気ない生活」に幸せを実感できるのでしょうか?その答えはシンプルです。勇気スパイラルを回す過程で負った傷ですら「貢献感」につながっているからです。

幸せは「多幸感」と誤解される傾向があります。多幸感とは「愛情による至福感や、競技で勝利したときの陶酔感、オーガズム」のことです。

つまり不安スパイラルを回す過程で「勝った」ときに感じる短期的で一過性のポジティブな感情が「多幸感」です。そして勝ち負けとは別次元にあるものが「幸せ」なのです。

愛とは?

韓国版「梨泰院クラス」では、恋愛と愛の違いについても表現しています。しかしそのことを見落としているのが日本の「六本木クラス」です。キャスティングをみればそのことが直観的にわかるはずです。

「梨泰院クラス」では、チョ・イソ(役:キム・ダミ)とオ・スア(役:クォン・ナラ)という二人のヒロインが登場するのですが、誤解を恐れずいえばチョ・イソ役を演じるキム・ダミさんは、オ・スアを演じるクォン・ナラさんと比較するとあんまり美人ではないのです。(あくまでも個人の感想です。)

しかし不思議なことに……「梨泰院クラス」を見れば見るほど、チョ・イソ役を演じるキム・ダミさんが「かわいく」見えてくるのです。当初は、主人公パク・セロイの初恋の相手であるオ・スアさんと結ばれることを願っていたはずなのに、知らず知らずのうちにチョ・イソを応援している自分に気づくのです。

これは「意図的な」キャスティングだと確信します。なぜならば「愛」というものは、社会心理学者であり哲学者でもあるエーリッヒ・フロムの言葉を借りれば「誰かを愛するということは、たんなる激しい感情ではない。それは決意であり、決断であり、約束である」からです。

愛において重要なのは運命ではなく、「ふたりで成し遂げる課題」に立ち向かう過程そのものなのです。

パク・セロイが成功への道を歩んでいく過程で、パク・セロイを助けたのはチョ・イソであり、仇のいる会社をいつまでも辞めない初恋の相手オ・スアではないのです。パク・セロイが愛する相手がオ・スアではなく、チョ・イソであるのは必然なのです。

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