アノミーの歴史1)行動右翼

前回までの講義では、家庭内暴力をケーススタディーにして、アノミーの特徴についてあぶり出してきました。しかし実は、アノミーという社会的な病は戦前から日本を覆いつくしていたのです。

アノミーの理解を深めるために、これから数回にわたりアノミーの歴史を振り返っていきたいと思います。

まずは時計の針を戦前にまで戻して、行動右翼とアノミーの関係について取り上げていきたいと思います。早速はじめましょう!!!

人生意気に感ず

行動右翼といわれてもピンとこない人が多いでしょう。「行動右翼」という言葉は現在では韓国大使館に向かって「韓国に帰れ~!」と叫んだり、ロシア大使館に向かって「北方領土を返せ~!」と街宣車から叫ぶ活動をしている方々、という意味で使われているようですが、もともとの意味は違います。

もともとの行動右翼とは、暴力、脅迫、暗殺、さらにクーデターなどの非合法な直接行動をとる右翼のことをいうのですが、戦前の行動右翼が好んで口にしていた言葉を知れば、行動右翼がどういった人たちであるかうかがい知ることができるはずです。

戦前の行動右翼は、「人生意気に感ず、巧妙誰かまた論ぜん」という一句を好んで口にしていました。唐詩選にある魏徴(ぎちょう:唐の太宗の重臣)の詩の一節です。

もともとは「自分の才能・人物を見込まれて重用された時には、功名を求めて得られなくても、そのことを残念に思って論ずることは致しません。」という意味です。

しかし行動右翼にとっては、功名を求めて得られなくても恨まない、という意味ではなく、成果なんぞ一切考えてはならない、という意味に変質するのです。

つまりすべての努力を特定の行動に投入して、他を顧みないことこそ貴重である。という意味になるのです。要するに、右翼は口をひらけば「国家・国民」というのですが、本当のところでは、そんなものを信用しているわけでも、重んじているわけでもないのです。

右翼が重要視するのは、ただ一つ。それは彼ら自身の努力です。昭和維新のために命を棄(す)てればそれでいいのです。それだけがなすべきことの全てであって、そのあとどうするか?ということは彼らにとって重要なことではないのです。

君側の奸を除け

「成果なんぞ一切考えてはならない」なんていうことは信じがたいことかもしれませんが、本当にそうだったのです。戦前の右翼は「すべてを天皇に還し奉る」とか、「君側の奸(くんそくのかん)を除け」と口にしました。

しかし戦前の右翼は、革命(維新)のプログラムを準備していなかったのです。革命やクーデターの常識からすれば信じられないことです。

たとえばマルクス主義による共産革命の場合であれば、資本制社会を倒したあとの社会主義社会について、「私有財産の廃止」とか「労働者独裁」といった漠然としたプログラムがありました。

また毛沢東が中国革命に成功したのも、「農民に土地を!」というスローガンの下、人口の90%以上を占める農民の支持を得ることができたからです。

さらにいえば、明治維新にも「王政復古」という具体的なスローガンがありました。

一方で2.26事件(昭和11年:1936年)で決起した行動右翼たる青年将校らは、主要政府機関を占拠することに成功したものの、その後の具体的なプログラムについては、なんら持ち合わせていなかったのです。ですから2.26事件は、革命でもなければクーデターでもなかったのです。

もしヒットラー、レーニン、ナポレオン、毛沢東が2.26事件のことを知ったら、唖然とするしかないでしょう。しかしアノミーについて学習したあなたは、行動右翼の行動こそが「盲目的予定調和説そのもの」であることに気づいているはずです。

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