「教育よ良くなれ!」という念仏主義

前回の講義では「アメリカの制度を導入すれば受験戦争は解消し、個性的で魅力的な人材を育てることができる」と期待した結果、むしろ受験戦争を日本国民全体に広げてしまったという歴史的な背景について解説しました。

昭和22年の教育大改革以降も、日本政府は受験戦争を解消するためにいろいろなことに挑戦してきたのですが、すべて失敗に終わっています。たとえば・・・

学校群制度

かつて東京都には『学校群制度』というものがありました。地域内のいくつかの学校(群)を受験し、合格者をランダムに振り分け、入学先とする制度のことです。受験生にとっては、どれだけ勉強を頑張っても、自分が行きたい学校に行けるかは運しだいになりました。

そもそもなぜ『学校群制度』を導入したのでしょうか?

そのころの東京では、日比谷、西、新宿、戸山という東大に何百人と合格する都立の特権校がありました。これではあまりにも不公平ということで、こうした公立校の特権校をなくして教育の機会を均等化し、『十五の春を泣かせない』ために高校受験生の負担を軽減しようとしたのです。

しかし東京都のもくろみは見事に失敗しました。たしかに特権校は没落したのですが、受験生は「どれだけ勉強を頑張っても運にまかせるしかない公立校に進学するよりは、私立の学校に進学したほうがいい」と合理的に考えるようになりました。

その結果、開成、灘、ラ・サール、麻布、武蔵といった私立の特権校を代わりにつくってしまうことになったのです。東京都は「公立校の特権校の問題を解決するのであれば、特権校のみをいじればよい」と錯覚してしまったのでした。

私立の特権校が誕生した結果、どうなったでしょうか?

『学校群制度』があった頃は家が貧乏でも勉強すればなんとか入れたのに、私立の特権校に入学するとなればそう簡単ではありません。なぜならば私立の特権校への入学志願者は全国にいるからです。

たとえば東京在住の中学生が開成、灘、ラ・サールを併願するということが可能になり、競争が異常にハードになり、経済的に恵まれない家庭の受験生が、よい私立高校に入学することが絶望的に困難になってしまったのです。

共通一次試験

かつて共通一次試験というものがありました。現在では「大学入学共通テスト」と呼ばれているアレです。共通一次試験を導入する目的は、「入試問題の難問・奇問の出題をなくし入試地獄を緩和する」というものでした。

結果どうなったのか?『学校群制度』を導入したときと似たような結果になりました。

共通一次試験を強力に推進したのは横浜国立大学、東京外語大学、埼玉大学などの当時『国立二期校』といわれる大学でしたが、結果的に国立二期校は没落することになり、かわりに慶應大学、早稲田大学などに人気が集まりました。

東京大学に不合格となった学生は、「横浜国立大学に入学するぐらいだったら私立の一流校に入学するほうが合理的」と考えたのです。

結果として東京大学、京都大学といった超一流校の特権的な地位はゆらぐどころかますます強くなってしまったのです。

学校群制度といい、共通一次試験といい、一体、なぜ受験生の負担を軽減するための制度が、逆に、受験生の負担を増やす結果になってしまったのでしょうか?

念力主義

戦前の日本には神州不滅(しんしゅうふめつ)という思想がありました。「日本は神の国だから戦争に負けるわけがない」と日本国民は信じていました。また空想的平和主義という思想もありました。「平和を願えば、平和になる」という思想のことです。

しかし残念ながら・・・どれだけ「戦争に勝つ」とか、「平和になる」と願ったところで、戦争に負けることもあれば、戦争に巻き込まれることもあるわけです。

現在の日本でも「頑張れニッポン」というスローガンをよく見かけますが、スローガンだけで乗り越えられるなら苦労しないわけです。

しかし日本にはいまだに「願うことは叶えられる」というような『念力主義』が蔓延っています。

たしかに社会現象は人間の行動からでてくるわけなので、みんなが「よくなれ」と信じれば、社会全体が「よくなる」と信じたくなる気持ちはわかります。

気持ちはわかるけれど、「病気よ良くなれ!」と唱えても病気が完治するわけではないし、「空だって飛べる」と願えばカラダが宙に浮くわけではないし、「お金を刷れば景気は回復する」と信じたところで本当に好景気になるわけではないのです。

では社会全体を今よりよくするためには、どうするべきでしょうか?

病気に対処するためには医学を進歩させるほか選択肢はないし、経済に対処したければ経済学を進歩させるほか選択肢はありません。同様に、社会的な問題を解決したければ社会学を進歩させるしかないのです。

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