煮干しつけ麺 宮元 ~ 中毒者を量産する一杯

品川でイビョンホンの映画を鑑賞したあと、わたしは急いで蒲田に向かいました。実は映画を鑑賞することを決めた時点で、わたしの頭の中はすでに「煮干しつけ麺 宮元」というラーメン屋の「つけ麺」のことでいっぱいになっていたのです。

わたしがはじめて「煮干しつけ麺 宮元」の一杯を堪能した時、正直、「ちょっとこの煮干しの風味は、わたしには濃すぎる」と思いました。だから「再訪することはないかもしれない」と感じていました。

しかし不思議なことに・・・・わたしにとっても意外なことに・・・・ふとした瞬間に思い出すのは、「煮干しつけ麺 宮元」の一杯だったのです。

RAMEN HEADS

RAMEN HEADS(ラーメンヘッズ)という映画があります。この映画は関東在住のラーメン好きなら知らない人はいないであろう千葉の松戸にあるラーメン店、「とみ田」の富田治氏に密着したドキュメンタリー映画なのですが、富田治が休日に食べにいくつけ麺屋として紹介されていたのが東京・小岩にある名店「一燈」(いっとう)。

そしてその一燈で修業を積んだ店主・宮元さんが独立開業したのが、「煮干しつけ麺 宮元」なのであります。なぜ?宮元さんのつけ麺が、わたしを夢中にするのか?

なんといっても「麺」が美味しいのであります。宮元さんのつけ麺は主役が「麺」なんですね。濃厚なつけ汁が麺の美味しさを引き立たせるためのわき役に感じてしまうほど、麺の風味と食感と味わいが秀逸なんです。

宮元さんの一杯はわたしを中毒にしました。パチンコ中毒者がパチンコをやめられないように、わたしも定期的に宮元の一杯を思い出し、「どうしても食べないと」という気持ちになってしまうのです。

Twitterで炎上

実は以前、「煮干しつけ麺 宮元」はTwitterで炎上騒ぎを起こしています。「店に住み込むなんで、もちろん風呂は厨房シャワー」(原文ママ)とお店のブログに書きこみ、日頃から厨房で体を洗い流していることを宣言するだけでなく、「でも最近は寒くて耐えれずこいつを購入!」とバスタブの画像を添付したのです。

結果、Twitter上で「不衛生だ!!!」と炎上することになってしまったわけですが、「プライベートも犠牲にしてラーメンのことを考えている」ということを、わたし個人としてはプラスにとらえたいと思っています。

コロナ禍で「不要不急の●●は控えましょう」というメッセージが巷にあふれていますが、多くの人がコロナ以前の消費のなかに「不要不急のもの」があったことを痛感したでしょう。その結果、世の中の人たちの消費行動はどうなったでしょうか?

アフターコロナの消費

「なんとなく消費していたけど、なくても困らないものの存在」に多くの人たちが気づいてしまい、そういう商品・サービスは「不要不急のもの」として今後は振り返られることなく忘れられていくことになると予想します。

冷静になってみれば、資本主義はムダで成り立っています。「日経平均3万円」という記事のなかでもすこし触れましたが、資本主義自体が「バブル」なんです。つまり何がいいたいのかというと、消費されるもののほとんどは不必要なものということが言いたいのです。

たとえば資本主義以前の中世の人たちにとって、「去年買った服が古い」という発想は、完全に理解不能です。何年前に購入したかもわからない下着をボロボロになってもまだ使い続けているわたしのような人間にとっても意味不明なわけですが、わたしのような人間のほうが現代では少数派でしょう。

本来であればなくてもいいもの(不要不急の商品サービス)をそうでないと消費者に信じてもらうためには、今後は一層、命を削る努力が必要になると思います。その努力ができる場合、「煮干しつけ麺 宮元」のような行列も見込めるでしょうが、そうでない場合には厳しい戦いを強いられることになるでしょう。

バブルは夢のようなものです。バブルなのですからいつかは弾けてしまうのです。弾けさせないためには、バブルを膨らませ続けなくてはいけません。膨らませ続けるのは大変なことです。正直、めんどくさいし、心が折れそうになることもあるでしょう。

大変でも心が折れそうになっても、バブルを弾けさせないためには、膨らませ続ける努力が必要です。経済だけでなく、愛でも人間関係でもあなたの人生にも共通するところがあるのではないでしょうか。

どうすれば持続可能性を担保することができるでしょうか?楽しい時も辛いときもそれをやり続けることができるでしょうか?

そのようなことにあなたなりの答えを出すことができたら、その時点で充実した日々は約束されたも同然です。それでは今日もよい一日を!!