今回の講義では、空の思想について理解を深めるのに役立つ戦国武将たちの歌を紹介します。
辞世の句
戦国武将の辞世の句などには、空の思想が深く表現されています。
豊臣秀吉
露と落ち 露と消えぬる わが身かな 浪華のことは 夢のまた夢
辞世の句
夢の中で夢を見ているかのような、なんとも儚い生涯だった
織田信長
人間五十年、下天のうちに比ぶれば、夢幻のごとくなり
能『敦盛』(あつもり)
人の世の50年間は天界の時間と比すれば夢幻のように儚いものだ
大内義隆
討つものも 討たるるものも もろともに 如露亦如電(にょろやくにょでん) 応作如是観(おうさにょぜかん)
辞世の句
討つ側の人間も 討たれた側の人間も、「人の一生は、露のごとく雷のごとく儚いものだ。」と覚悟すべきである。
注)大内義隆は、家臣の陶晴賢(すえはるかた)に襲われて殺された。
この世は幻
前回の講義では、宇多田ヒカルさんの歌の歌詞を引用しながら、「この世は幻である」という考え方を紹介しました。この世は幻だなんていわれてもピンとこないかもしれませんが、戦国武将のなかには『この世を幻』と考えていた人たちが確かにいたのです。
わたしたちが現実を現実だと感じるのは、現実には夢以上の「臨場感があるから」です。しかし夢にも臨場感がないわけではありません。わたしは夢の中で殺されそうになったことがありますが、夢だからといって素直に殺されるわけではなく、本気で敵と戦いました。そして夢から醒めた時、「あー、怖かったけど夢でよかった!」と胸をなでおろしたのです。
そのように考えてみると、現実も夢と変わるところはないのです。なぜならば、少し前のことは、少し後にはもはや存在しないからです。
秀吉は、貧しい農家に生まれ、そこから足軽(あしがる)、侍大将、と出世し、ついには摂政関白にまでなりました。秀吉自身、数十年の波乱万丈な人生を振り返った時に、「自分の人生は現実のことだったのだろうか?」と、考えたのでしょう。
もしあなたに「子どもの頃よく遊んだけれど、今はどうなっているかわからない土地」があるなら、是非とも足を運んでみてください。昔はあったはずのものがなくなっていたり、もうないだろうと思っていたものが残っているという経験を通して、戦国武将の言っていることが体感できるはずです。
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