前回の講義では『学校群制度』や『共通一次学力試験』といった新しい制度の導入が、受験生の負担を減らすどころか増やす結果につながったことを紹介しました。
今回は別の角度から『共通一次学力試験』の弊害についてみていきたいと思います。
ねずみの条件付け
わたしが中学生の時のことです。夏期講習の最終日にお世話になった河合塾の社会科の先生からアドバイスをもらいました。
全国の公立高校で実際に出題された問題がそのまま載っている『全国高校入試問題正解』という問題集を購入し、社会と理科については「受験本番までに、最低3回は繰り返し解くべし!」というのです。
結局わたしは、『全国高校入試問題正解』を5回くらい繰り返しました。受験が近づいてくるにつれて問題を解くスピードが早くなり、最後のほうになると1回分の試験問題に15分くらいしか時間がかからなくなりました。
問題を読んだ瞬間に答えがわかるレベルにまで到達できたのです。
実のところ、共通一次試験もセンター試験も大学入試共通テストも、本質的には同じ構造をしているのです。つまり「考えること」が不利になる構造になっているのです。
これは、まるでねずみに青いランプがついたら「あの穴に入れ」、尻尾に電撃をかけたら「飛び上がれ!」と訓練することを奨励しているようなものではないでしょうか?
短い期間で全国の受験生分の採点を終えなければならないので、採点するにも手作業というわけにはいかず、もちろん採点はコンピューターがやります。
そのため簡単で基礎的な問題が大量に出題されるようになり、要求されるものが「思考能力」というよりは「ミスをしない技術」になってしまっているのです。
頭の働かせ方
世界的な経営コンサルタントであり教育家の大前研一先生には興味深いエピソードがあります。大前研一先生は、マサチューセッツ工科大学に留学中に、博士課程試験を受けて「答えは合っているのに、不合格になった経験」があるそうです。
優秀であるはずの大前研一氏が不合格になった理由は、指導教授曰く「お前が一番危険な人間だ」からでした。
答えが合っているかは、大した問題ではありません。重要なのは「答えを出すまでの過程」つまり「論理」なのです。論理があれば答えを出す作業はコンピューターにでもやらせておけばいいのです。
また昔の京都大学の数学の試験では、3問の出題のうち最後の問題が「今朝から考えているのだが、この定理は正しいのか、間違っているのかわからない。もしも、正しければ証明せよ。誤りであれば、反例を上げよ」というような問題だったこともあるそうです。
3問中1問目と2問目を解いた人は80点をもらったそうですが、1問目と2問目は白紙で3問目だけを解いた人は99点だったそうです。出題者の教授からすれば、肝心なことは答えそのものではなく「頭の働かせ方」だったのです。
大事なことなので繰り返します。答えがあるとわかっている問題をいくら短時間で答えても頭は開発されないのです。大事なことは過去に出会ったことのない問題に直面した時に、どのように頭を働かせることができるか?ということなのです。
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