日本教育最大の問題

日本型教育が近代教育とは真っ向から対立するものであることを説明してきました。日本型教育にはたくさんの問題があるのですが、最大の問題を一つ挙げるとするなら、「大学入試は正式な制度でも何でもない」という点にあります。

偽計業務妨害

2022年1月15日、大学入学共通テストの初日に「世界史B」の問題が試験中に外部に流出した騒動で、 警視庁は大学入試センター職員への偽計業務妨害の疑いで女子大学生を逮捕しました。

ここで誰もがスルーしてしまうのは女子大学生が逮捕された理由が「偽計業務妨害」の疑いだということです。偽計業務妨害で逮捕される典型例としては、以下のようなものがあります。

偽計業務妨害罪が適用される典型例
  • 飲食店などに対してたびたび無言電話を繰り返す行為
  • インターネット上で犯罪を予告して施設や会場の警備を強化させる行為
  • 特定の会社などについて虚偽の内容で誹謗中傷をする行為
  • 勤務先の店内で不衛生ないたずらをして動画などで拡散するなど、いわゆる「バイトテロ」行為

【出典:ベリーベスト法律事務所

過去をさかのぼってみても、昭和46年(1971年)には大阪市立医学部の入試問題密売事件がありましたが、有罪になった罪は「窃盗」、「建造物侵入」などであって、入試とは直接関係のない罪名でした。

また昭和52年(1977年)に慶應大学商学部で入試漏洩事件があり、犯人の教授はただちにクビになりましたが、まったく刑事責任を問われることはありませんでした

さらに昭和55年(1980年)の 早稲田大学商学部入試問題漏洩事件にしても、第一審は「不印私文書偽造および行使」といった形式犯でやっと最高1年の実刑判決が出たに過ぎなかったのです。

大学入試は下位制度

大学入試におけるスキャンダルは全国的に大々的に報道されますが、そのわりには大した罪にならないし、時にはまったく罪に問われることがないのは、大学入試が実は正式の制度でもなんでもないからなのです。

その証拠に、「大学における入学希望者の選別は公平な学力テストに依るべし」なんてことは、法令によって定められているわけではないのです。

かといって大学入試というものは、大学間の申し合わせによってはじめられたものでもなければ、大学当局と学生との間の契約によるものでもないのです。

つまり大学入試は、公的には正当性の根拠がまったくない専門用語では「下位制度」(subinstitution)と呼ばれるものの一種なのです。大学入試が正式の制度でないので、大学はいかなる方法で入学者を選抜しようが一向に差し支えないのです。

希望者を全員入学させようが、寄付金の多い順番で入学させようと、性別の違いがあるというだけで入試の結果に手心を加えてもいいわけです。

事実、平成30年には、東京医科大学が医学部医学科の一般入試で、受験者側に説明のないまま女子受験者の点数を一律に減点し、合格者数を調整していたことが発覚しました。しかし逮捕された人は、誰もいませんでした。

矛盾に気づかない理由

大学入試は神聖不可侵な「制度」以上のものとして君臨しています。しかし大学入試は、誰がつくったものでもなく、社会の作動によって自動的に生まれたものなのです。

そして実は・・・・・大学入試が下位制度であることが、大学入試「制度」を変えることができない最大の理由になっているのです。

カラクリはこうです。もし大学入試が正式な『制度』であれば、制度をつくるとか壊すことも可能でしょう。しかし日本の大学入試「制度」は、そもそも『制度』ではないので、そもそも壊すことも作り替えることもできないのです。

なぜこんな摩訶不思議な現実を、日本では誰も疑問に思うこともなく受け入れているのでしょうか?

その理由は、日本を動かしているのは正式な法律や規範ではなく下位制度だからなのです。そして実は、鎌倉幕府も徳川幕府もそうだったし、現代にいたるまでそうなのです。

日本人独特の感覚

鎌倉幕府で貞永式目(じょうえいしきもく)をつくった北条泰時は、「天皇に忠誠を誓うし、天皇が出された律令も有効です。わたしたちは正当な政権ではないので、式目は勝手に決めただけです。」と主張しながらも、実権のすべてを天皇から奪いました。

そして270年も続いた徳川幕府も正式な制度ではなく、いかなる法令的根拠もない下位制度だったのです。将軍をはじめ武士はみな朝廷の位をもらい、京都の朝廷の正当性を認めた上で、幕府独自の制度はなにもつくりませんでした。

日本人であれば「日本は法治国家である」ことを、なんとなく信じているかもしれません。しかし現実の日本社会は「法律はなるべく守られないほうがいい」という日本人独特の感覚によって回っているのです。

たとえば「近代化」を目指した明治維新においても、村落共同体で民事訴訟を起こした人が村八分になることは珍しくありませんでした。また現代においても、会社を訴えて勝訴した労働者が、会社からいじめられるという事例が後を絶ちません。

そう。日本という国は、過去も現在に至るまで、社会過程の作動、つまり下位制度によって回っているのです。

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