【仮観 #1】量子論の世界

「ある」と同時に「ない」のが『空』という概念でした。そう。一切は空なのです。空を理解すれば、縁起の思想のほとんどを理解したことになりますが、まだ説明すべきことは残っています。

仮観の理屈

空とは「すべては関係性であり、関係性が存在を生み出す」という思想でした。一方で今回の講義からしばらくの間解説する『仮観』は、「すべては仮説である」という思想です。

あなたにとって仮観という思想は理解しやすいかもしれません。なぜならば、関係性が存在を生み出す(空)以上、関係性が変われば存在も変わるというのは直感的に理解しやすいからです。

そう。関係性が変われば存在は変わるのです。つまり絶対的なものは存在しないのです。絶対的なものが存在しないのである以上、「すべては仮説」なのです。

以上で仮観の説明を終えてもいいのですが、理解を深めるために『空』について解説した時と同様に、さまざまな観点から仮観についての説明を加えていこうと思います。

お湯の温度

あなたは理科の実験で、お湯の温度を測ったことがありますか?

ビーカーに入ったお湯の温度を温度計で測ることは簡単なことのように思えますが、実は……お湯の温度を測ることは限りなく不可能に近いのです。

温度計に表示されている数字は「仮」なのであり、絶対的な温度を測定しているわけではありません。なぜならば温度計をお湯に入れた瞬間に、それだけでお湯の温度は下がってしまうし、時間が経過すればするほどお湯の温度は変化するからです。

ですから小学校の理科の実験でお湯の温度を測る時には、「温度計に表示されている数字はお湯の本当の温度ではない」ということを教えなければいけません。つまり小学生の学校教育から、絶対的な基準はなく、すべては仮説であることを教えることは、やろうと思えば誰にでもできるのです。

そしてそのことを教えるのに、なにも仏教という宗教や、空や、仮観という概念を持ち出すまでもないのです。もしかしたらあなたは「子どもに屁理屈を教えてどうするんですか?」と思うかもしれませんが、今わたしが説明したことは相対性理論や量子論に基づく考え方なのです。

不確定性定理

量子論の重要な考え方に、1920年代にヴェルナー・ハイゼンベルクが唱えた「不確定性定理」というものがあります。不確定性定理とは「量子の位置と運動量は、同時に高い精度で特定することはできず、不確定である」という発見のことです。

なぜならば電子の位置を正確に測定するために光子を当てると、光子の影響によって電子の位置がずれてしまい、本来の電子の位置を知ることができなくなるからです。つまり電子本来の位置と運動量は不確定であり、測定した結果の電子の位置と運動量はあくまでも「仮のもの」なのです。

以上の考え方は、量子論以降の「世の中の見方」であり、説明の仕方を工夫するだけで小学生にでも理解できるのです。

縁起は近代科学の先駆け

「絶対的なものがある」という前提を根本から否定した縁起の思想は、量子論以降の「世の中の見方」を先取りしていたのです。これは驚くべきことです。

いまご紹介した「不確定性定理」や、1930年代のクルト・ゲーデルの不完全性定理、さらに1980年代のグレゴリー・チャイティンの不完全性定理などを知れば知るほど、現代はとっくに絶対的なものがあるという思想を否定した「縁起」の時代に突入していることがわかります。

相対性理論や量子論を本当の意味で理解したければ、大学の専門課程に進んで勉強する必要がありますが、そうしなくても現代科学の感触をつかむことができるのは素晴らしいことであり、今あなたが学習しているのは、そういう類の思想なのです。

近代科学の考え方を2,500年前の文明以前の時代に先取りしていた釈迦や、ナーガールジュナはまぎれもない天才です。しかし裏を返せば……大昔に悟ったからこそ釈迦やナーガールジュナは偉大なのであって、現代人が悟っても自慢できることではないのです。

事実、現代人であれば「縁起の思想」を裏付けるあらゆるものを体感することができるのです。一昔前の時代であれば、悟るためのツールは「瞑想」ぐらいしかありませんでした。

しかし現代社会において、悟るためのツールは他にもたくさんあるのです。

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