縁起を理解する鍵は4つありました。
- 空(小乗仏教)
- 空(大乗仏教)
- 仮観
- 中観
今回の講義から「4.中観」の解説をはじめます。もしかすると「もうお腹いっぱいです!」という人もいるかもしれませんが、もう少しだけ頑張ってください。
中観とは?
中観とは、『空』と『仮観』の状態をバランスよく維持する思想のことです。
とはいえ、「すべては関係性である」という空の思想と、「すべては仮説である」という仮観の思想をバランスよく維持するということが、どういう状態を意味するのかわかりづらいと思います。
まずは、そもそも『空』と『仮観』の状態をバランスよく維持する必要性がどこにあるのか?という観点から解説をはじめたいと思います。
オウム真理教の論理
かつてオウム真理教という宗教がありました。オウム真理教は、麻薬をつくり、地下鉄でサリンをばらまき、組織的に殺人を実行していた宗教団体のことです……などと説明されずともご存知の方も多いと思います。
現在ではオウム真理教の後継団体は、公安警察の監視対象となっています。しかし当時は(驚く方も多いと思いますが)、教祖であった麻原彰晃は「とんねるず」と一緒にテレビに出演するなどしていたのです。
そしてさらに驚くべきポイントは、「オウム真理教の危険性について誰も指摘していなかった」のです。
オウム真理教は大乗仏教を名乗っていました。しかし真剣に話をきけばオウム真理教が仏教であるはずがないことはすぐにわかるはずなのです。しかし(繰り返しになりますが)誰も「オウム真理教はオカシイ」と指摘しなかったのです。
具体的な話をしましょう。
オウム真理教は、「地獄は存在する。あなたはこのままでは地獄に落ちる。」といって信者を恐怖のどん底に落とすことで金を巻き上げていました。
そして殺人を正当化させるために信者には以下のようなことを吹聴していました。
「あの人は罪人であるので、このままでは地獄に落ちてしまう。地獄に落ちることから救うためには、あの人をポア(殺人)しなければいけない。しかも苦しめば苦しむほど罪が許されるので、なるべく苦しめて殺さなければいけない。」
ハチャメチャな論理であることはすぐに理解できると思いますが、あなたはどのような部分が、大乗仏教として破綻しているか理解できるでしょうか?
唯識(ゆいしき)の概念を思い出してください。仏教(大乗仏教)は、実在論を徹底的に否定します。すべては関係性である以上、『地獄』も『輪廻転生』もないのです。
それにもかかわらずオウム真理教は、ありもしない『地獄』をネタにして、信者からお金を巻き上げたり、殺人を正当化していたわけです。
もちろん『地獄』や『輪廻転生』というものがあってもいいのです。「あってもいい」のと「ある」のとでは全く意味が異なる点に注意してください。
『地獄』や『輪廻転生』を「あっていい」と申し上げた真意は、たとえ話が人を導くために役立つなら「それもアリ」という意味であり、大乗仏教である以上は「地獄や輪廻転生も仮説である」という認識から逸脱してはならないのです。
宗教革命
これまで説明してきたことをわかりやすく表現するならば、地獄も輪廻転生も「ネタ」だったのに、ある時期から「ガチ」になったということなのです。
同様の現象はキリスト教でも発生しています。キリスト教の教義は「神を信じれば救われる」です。裏を返せば「神を信じる」こと以外に必要な行動はないのです。
しかしカトリック派は秘蹟(サクラメント)という「ネタ」だった儀式を「ガチ」にしてしまいました。「お布施を支払えば、神は救ってくださる」という信仰に変えたのです。
そのようなカトリックのやり方に反旗を翻したのがカルヴァンやルターであり、歴史の教科書でも解説されている宗教革命の歴史的な背景です。
どうやら歴史を振り返ってみても、人間はネタであることもガチであると信じてしまう傾向にあるようです。そしてネタであることをガチであると錯覚してしまった人間は、殺人ですら正当化するようになるのです。
もちろんわたしが伝えたかったことは、「あなたも殺人を正当化するかもしれない」ということではありません。ネタであるとわかっていたのに、ガチであると思い込んだ結果、利己的な行動を正当化したり、逆に自分で自分の首を絞めるなんてことにならないように『中観』についてちゃんと理解する必要がある……ということなのです。
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