ナナメの階層がもたらす差別

前回の講義では、日本型教育がもたらすもっとも重要な問題は、「戦後民主主義の破壊」であることを説明しました。そして今回の講義では、日本型教育が「終わりなき不安」の根源になっていることを説明します。

トー横キッズ

2022年には歌舞伎町に集まる「トー横キッズ」が注目を集めました。薬物摂取や自殺、傷害致死事件などが相次ぎ、「パパ活」の温床になっているという指摘もあり、警察に摘発されることもありましたが、パパ活をしている女性のなかにはこんな証言をする人がいるそうです。

一流IT企業の社長とかCEOとか大企業の部長や取締役は、頭もよくて心も豊かで、尊敬できるオジサンがいるんじゃないか?と期待して、そういう界隈に関わったが、期待していたようなオジサンには会えなかった。もしかして、自分たちとオジサンたちは似ているのではないか?

パパ活をしている女性と、パパ活の客であるオジサンたちがどのような点で似ているのかといえば「自分に価値があると信じることができず、何かあったら自分も不幸になるのではないか?という不安を抱えている点」において似ているというのです。

なぜいい大学を出て、社会人になっても成功しているはずの「オジサン」と、パパ活をしている女性が「似ている」ことになるのでしょうか?

ナナメの階層

現代日本の階層は、きわめて特殊なものです。どのような点で特殊なのかといえば、本来は同等(ヨコ)であるはずの人間同士が、ほんのわずかな差によって上下づけされてしまう「ナナメの階層」だからです。「ナナメの階層」が社会に与える影響は甚大です。

制度化されたタテの階層の場合であれば、資本家と労働者、貴族と平民のように、すっきり2分類されます。インドのカースト制でも、細かい分類を別にすれば根本的には4分類にすぎませんし、階層は固定されています。

その一方で日本の「ナナメの階層」は、無限に細分化するのです。本来は同じ階層であるはずのものが、一流企業に所属する人、二流企業に所属する人、三流、四流、といった形で階層化されてしまうのです。

もちろん、一流、二流の差別といえど、自由民と奴隷というような明確な境界線によって区別されているわけではありません。一流ともいえるし、二流ともいえるような階層の分類がグラディエーションのようになっているのです。

限界差別の法則

階層に明確な区分があるわけではない場合、「限界差別の法則」なるものが働きます。カラクリはこうです。

人々の階層は順序づけられた斜線上の位置で決まるのですが、どの範囲までが自分と同一線上の階層に属するのか必ずしも明確ではありません。そこで人々は自分のすぐ下に線を引き、自分は常に線の上側に所属させて、その線より下の人を差別するのです。

たとえばタワーマンションの最上階である40階の住民は39階以下の人を差別し、39階の人は38階以下の住民を差別するといった具合です。

他にも東京大学の学生は、東京大学だけが日本の特権大学であり、それ以外の大学を差別します。京都大学の学生は、東京大学と京都大学だけが特権大学であると考え、他の大学を差別します。

学歴による差別はまだまだ続きます。一橋の学生は、東京大学、京都大学、一橋大学がビッグ3と考えて、それ以外の大学を差別します。私立大学でも同じことで、慶應や早稲田の学生は、早慶だけが特権校であると考えます。そして立教、法政、明治などの学生は、東京六大学をひとくくりにして、それ以外の大学を差別するのです。

以上が「限界差別の法則」の典型例です。

終わりなき差別

下の階層にいる人たちは、自分たちより上にいる人たちをみて「アイツらはいいよな。さぞかし幸せなんだろうなぁ~」と羨むかもしれません。しかし上の階層においては、下の階層からはうかがい知ることもできないような激しい差別が続いているのです。

たとえば東京港区のタワーマンションの最上階に住んでいる人は、もっとお金持ちがいることを知っています。ドリームジャンボ宝くじに当選しても購入できないような豪邸に、お手伝いさんと一緒に住んでいる人もいるのです。

そもそも「お金で買える」ならまだいい方で、お金以外のさまざまな力学が働いている【一等地】については、「お金があるので売ってください!」と土下座してお願いしても相手にすらされないでしょう。

学歴の話でいうなら、例えば東京大学の学生全員が最高ランクの優越感をもっているわけではありません。東京大学生同士にも、学部による差別があるのです。

法学部が最高ランクといっても、法学部でも国家公務員上級試験の合否で差別され、官僚になっても財務省、経産省、総務省などに入れるかどうかで差別があります。

噂で聞いた話ですが、国家公務員試験の上位7名くらいまでは財務省の採用になり、それ以外は、他の省庁にいくという不文律があるそうです。また10年に1回くらいは、国家公務員上級試験の首席を将来の日銀総裁として採用する、なんて話まであります。

つまり「ナナメの階層」は、階層を無限に細分化するだけでなく、人々に優越感と被害者意識が同居する奇妙な心情をもたらすのです。

「ナナメの階層」にいるうちは、パパ活をする女性もIT企業の社長も同じ穴の狢なのであって、不安や劣等感、被害者意識から抜け出すことができないのです。

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