英国初の女性首相となったマーガレット・サッチャーは、1987年の Woman’s Own誌のインタビューで、印象的なコメントをしています。
政府に文句を言う人たちは、自分たちの問題を社会のせいにするのです、 誰が社会なのでしょうか? そんなものは存在しないのです!(中略)個々の男たちと女たちがおり、家族がいます、そして人々を通してしか政府はなにも為しえないのです、人々はまず自分たち自身を省みなければなりません。
【出典:社会など存在しない】
マーガレット・サッチャーの言うように、社会なんてものは「ない」んだといわれれば「ない」ような気もしてくるわけですが・・・・・そもそも社会はいつ生まれたのでしょうか?
定住からはじまった
人類が定住をはじめる約1万年前まで、人類はサッチャーがいうように「個々の男たちと女たちがおり、家族がいる」という状態でした。
あるのは血縁的なつながりの強い「ホーム」だけでした。また収穫物を保存することもなかったので、あえて収穫物を「誰々のもの」と確定する必要もありませんでした。だから仲間を守るためのルールは「掟」だけで十分でした。
しかし定住社会が大規模になってくると収穫物の保存・配分・継承のために『所有』という概念が生まれ「法」が生まれました。見ず知らずの人間同士を「法律に違反したら罰則がある」という抑止力によって縛ったのです。
そして実は・・・・・法が生まれた時点が、社会が誕生したタイミングなのです。つまり大規模定住社会における「見ず知らずの人間同士」を仲間とみなす作法は、法を前提にしているのです。
もちろん「見ず知らずの人間同士」を仲間とみなす集団が、すぐさま大きくなって国になったわけではありません。歴史を振り返ると・・・・・
王は学級委員長
中世の時代は、大規模定住社会の集まり(都市)が乱立している状態で、「国」という単位はまだ世界のどこにも存在していませんでした。
王は存在していましたが、王といっても「大規模定住社会の長である領主たちの代表」といった位置づけでした。そのため王だからといって、領主たちになんでも好き勝手に命令できるわけではなかったのです。
ではいつ「国家」が誕生したのでしょうか?
現代人にとっての「国」(国民国家)という概念を生み出したのはナポレオンです。ナポレオンはこんなことをいって戦争を勝利に導きました。
フランスのために戦うんだ、ヨーロッパに攻めていくのは、領土を得たいからではない。ヨーロッパのほかの国は国王や皇帝がめちゃくちゃな政治を行っている。フランス革命のような自由、平等、友愛の世の中をつくるために攻めていくんだ。ヨーロッパの人々を我々が解放するのだ。
【出典:日経ビジネス】
国民国家が発明されるまでは、戦争と言えば金で雇われた傭兵が戦うものでした。しかし金よりも大義のために戦ったほうが強いことが認識されると、国民国家の枠組みはヨーロッパ中に広がっていったのです。
たとえば「わたしはプロイセン人」とか「わたしはババリア人」などの認識しかなかった人々が、ナポレオンに戦争で負けることによって「わたしはドイツ人」という意識を形成していったのです。
幻想は維持できるか?
これまでの話を復習すると、『社会』は見ず知らずの人を仲間と見なすための装置であり、『国民国家』は仲間や領土を敵から防衛するための装置だったのです。
日本の歴史を振り返ってみても、江戸時代には二百数十の「藩」があり、独立採算制で統治をおこなっていました。「われわれは日本人」という意識は明治維新により「大日本帝国」が誕生してはじめて生まれたのです。
さて、ここで質問です。国民国家という幻想を維持することは可能なのでしょうか?
『国民国家』が仲間や領土を敵から防衛するための装置であったことを理解すれば、平和になればなるほど『国民国家』を維持する動機付けが薄くなってくることがわかるでしょう。
事実、現代日本においても「みんなが仲間」という意識は薄くなっています。2022年1月23日には、電車内で電子タバコを吸っていた男性を注意した男子高校生が暴行されましたが、周囲の人は誰も助けなかったそうです。
「同じ日本人なんだから話せばわかってくれるはず」とか、「同じ日本人なんだから正義を貫徹しようとすれば仲間も一緒に戦ってくれる」というような意識を頼りにすることは、今では難しくなっているようです。
どうすればわたしたちは、自分や家族や仲間を『社会』のなかで守ることができるのでしょうか?
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