前回の講義では「行動右翼」を取り上げて、その「盲目的予定調和説」的な思考についてフォーカスしました。行動右翼は「正しい行為をすれば天皇が何とかしてくれる」と信じて行動したのです。
今回は「正しい行為そのものが世界を変える」と信じた新左翼の行動について、取り上げたいと思います。
行動右翼の規範
行動右翼は「盲目的予定調和説」的な思想や行動にどっぷり浸かっていたけれど、完全に無規範でなおかつ無目的というわけではありませんでした。
事実、2.26事件において青年将校たちはいわば反乱軍だったわけですが、東京都民は誰も反乱軍を恐れませんでした。東京から市民が一斉に避難するようなことにはならなかったのです。
なぜならば日本軍の兵士が、市民を傷つけるなんてことは、たとえどんなことがあっても、考えることができなかったからです。そのため主要な政府機関は反乱軍に占領されていたのに、市民生活にはほとんど何の影響もありませんでした。
また2.26事件で標的にされたにも関わらず、生き残った重臣もいました。たとえば鈴木貫太郎侍従武官長が助かったのは夫人の懇願があったからでしたし、槙野伸顕(まきののぶあき)内大臣が助かったのは、孫が銃口の前に立ちふさがったからでした。
新左翼の無規範・無目的
「邪魔立てすれば、女もろとも皆殺し」という発想は、青年将校にはありませんでした。しかし戦後の新左翼になると、無規範性や無目的性がむき出しになっていきます。
全共闘
かつて東大紛争時(1968年〜1969年)において、全共闘の学生は研究室を破壊して、貴重な研究資料を灰燼(かいじん)に帰せしめました。
偉大なる政治学者丸山真男教授は大きなショックを受けて、「これはナチスや軍国主義者も企てなかった暴挙である」と叫んだと言い伝えられています。
2022年にロシアがウクライナに侵攻した際に、国立シードバンク(種子銀行)の研究施設が破壊されたという報道が出た時も、「ナチスですらやらなかった暴挙である」と関係者が嘆いているニュースを目にしました。
特定の目的を達成するために、関係のないところにまで甚大な被害をもたらす点に、無規範・無目的性があらわれているのです。
イスラエル・テルアビブ空港襲撃事件
イスラエル・テルアビブ空港襲撃事件(昭和47年:1972年)の実行犯の1人であった岡本公三も、新左翼を特徴づける無規範・無目的の典型的な人物といえるでしょう。
PLO(パレスチナ解放機構)を助けてイスラエルをやっつけることが岡本公三の目的だったとすると、テルアビブ空港で機関銃を乱射して、24名の旅行客を無差別に殺すことが、一体、いかなる効果につながるというのでしょうか?当時テルアビブ空港にいた旅行客は全員イスラエルの味方で、PLOの敵だと断言できるのでしょうか?
あさま山荘事件
あさま山荘事件(昭和47年)の連合赤軍は、女性を含むわずか20余名で、東京占領を企てました。まさに「盲目的予定調和説の極み」といった行動ですが、無規範・無目的なところにおいても際立っていたのです。
連合赤軍は独自の刑法をもっていたのですが、それを無視して「裁判」を行い、「総括」という名の死刑宣告を乱発しました。しかも死刑宣告の理由は、「目つきが悪い」、「態度が悪い」、「気合いが入っていない」という類のものでした。
永田洋子ら連合赤軍幹部は、「被告」に対して、かつて軍国主義者が当時の非合法政党たる共産党の党員に与えたほどの権利すら与えませんでした。特高警察がデッチ上げの「国賊」をブタバコで屠殺(とさつ)するよりもはるかに恣意的に「被告」を虐殺したのです。
連続企業爆破事件
「東アジア反日武装戦線」は、大手商社やゼネコンなどを標的に連続企業爆破事件(昭和50年:1975年)を起こしましたが、規範性も目的性もまるで感じられませんでした。
三菱重工や間組は、(彼らからすれば)海外侵略の元凶であり、抹殺すべき対象なのかもしれません。しかし彼らが仕掛けた爆弾によって関係のない通行人まで殺傷する結果を招くことになり、しかも彼ら自身、そのことを認識していたのです。
これでは本来彼らの味方である人民(右翼は国民という)を屠殺することになりかねないのです。敵味方の識別不能性の最たるものといっていいでしょう。
狂っているのではない
新左翼の起こした事件を時系列に並べてみました。ここで着目すべきポイントは、連合赤軍にしても東アジア反日武装戦線にしても狂っているのではないということです。
もし本当に狂っているのであれば、組織的に自己に規律を課すことができません。
例えば連合赤軍は短期間の山中における訓練で射撃の腕を磨き、あさま山荘での8時間にわたる銃撃戦では、警察が舌を巻くほどの腕前だったそうです。
また東アジア反日武装戦線にしても、教本に行動原則がまとめられており、家族や近所との付き合い方だけでなく、平常心を失わせるという理由で「酒を飲むな」ということまで言及されていました。
だからこの種の事件が起こった時、犯人の身近にいる人たちは「あいつのやりそうなことだ」ということにはならず、「なぜあの人が!?」と驚いたのです。
■ 次はコチラ
■ 『教育』の記事一覧