前々回の講義では、「小乗仏教」と「大乗仏教」という用語がでてきましたので、それぞれについて説明しておきます。
- 空(小乗仏教)
- 空(大乗仏教)
- 仮観
- 中観
2つの仏教
仏教には大きく分けて、小乗仏教と大乗仏教の二派があります。
小乗仏教
小乗仏教は、自分が悟りを得ることのみを目的にしています。小乗仏教はスリランカ、タイ、カンボジア、ラオス、ビルマなど主に南方地方に伝わりました。
小乗仏教は初期の仏教教団の教えを守り、出家して厳しい戒律を守り、修行を積んで悟り、煩悩を捨てて、輪廻転生から解脱(げだつ)し、涅槃(ねはん)に入ることを目的としています。
涅槃(ねはん)とは「永遠の死」のことです。つまり仏教の目的は「涅槃(永遠の死)を目指すこと」にあるのです。
仏教の目的が「永遠の死」を目指すことだと知って驚く方もいるかもしれませんが、それこそが仏教の特徴的な教えなのです。例えばキリスト教においては、信者である人間が神を目指すなんて発想すらありません。
その一方で仏教では、自分が悟って仏になることが目的なのです。だからこそ「厳しい修行」というものが必要……という発想につながるわけです。
しかし裏を返せば、厳しい修行をこなさなければ「苦から救われない」という結論になります。これを批判してできあがっていった一派が、大乗仏教です。
大乗仏教
大乗仏教はその悟りを広めて人々を救うところまで視野に入れます。大乗仏教は、中国、チベット、日本などに伝わりました。
大乗仏教では、仏(ほとけ)は、生きとし生けるすべてのもの(一切衆生:いっさいしゅうじょう)を救おうと考えているはずだと考えます。
そして、すべてのものが「仏性」(ぶっしょう)を有しており、悟りに達する可能性があるとします。それゆえ、他者を救う「利他」の心を重んじるのです。
実は「小乗仏教」という用語自体が、大乗仏教側からの呼び方なのです。大乗仏教側の言い分はこうです。
「厳しい修行をしたわずかな人しか救われないのは、『小さな乗り物(小乗)』である。わたしたちは多くの人を救う『大きな乗り物(大乗)』である。」
ですから大乗仏教側の用語を使わずに小乗仏教を呼ぶときは、上座部仏教(じょうざぶぶっきょう/じょうざぶ)という用語を使います。
中途半端な理解は危険
仏教は基本的に個人救済の宗教です。誤解を恐れずに申し上げれば、本来仏教は他人のことなどどうでもよく、自身の救済のみを目指しています。
そもそも釈迦の出家動機は、「生老病死などの苦しみを解明し、自ら悟りをひらくため」でした。釈迦は世の人を救おうと思ったのでも、仏から命令されたのでもないのです。
釈迦は悟りの境地に至り、そのまま入滅しようとしたのですが、地上の王たる梵天(ぼんてん)の願いにより、鹿野苑(ろくやおん)で最初の説教をしたにすぎないのです。
本来やる必要のない、他の衆生(しゅじょう:生命のあるすべてのもの。人間をはじめすべての生物)も救うことに協力しようという釈迦のこの行動を『仏の慈悲』と呼びます。
大前提
さて……仏教の基本知識を解説したところで、重要なポイントをお伝えしておきたいと思います。
縁起を理解する4つの鍵のうち、「2.空(大乗仏教)」~「4.中観」(ちゅうがん)は小乗仏教ではなく、大乗仏教の思想です。(以下の赤ペン部分)
- 空(小乗仏教)
- 空(大乗仏教)
- 仮観
- 中観
つまり「2.空(大乗仏教)」~「4.中観」(ちゅうがん)では、利他を重んじます。そして利他を重んじることが、人間関係やビジネスで成功する秘訣なのです。平たく言えば、あなたが悟った後にやるべきことは「他人を幸せにすること」なのです。
しかし利他の大前提には、「自分(あなた)の幸せ」があることを忘れてはいけません。そもそも自分が救われてもいない状況で、他人を救おうとすることには無理があるのです。(そう思いませんか?)
釈迦が偉大な理由は、自分が悟りの境地をひらき、苦から解放されており、本来必要ないにもかかわらず、他人を救っているからです。
残念ながら現代社会を見渡すと、「他人を救いたい」といいながら不幸そうな表情をした人と頻繁に出会います。化粧品売り場でノーメイクの店員さんを見かけることがないように、もしあなたが他人を救いたいならあなたがまずは幸せになる(救われる)必要があるのです。
そもそも『幸せ』とは「自分の基準(モノサシ)」を大事にすることであり、『成功』とは「他人の基準(モノサシ)」を大事にすることです。
そのことを踏まえると、小乗仏教における空を理解することは「幸せ」に対応し、大乗仏教における空・仮観・中観を理解することは「成功」に対応することが理解できると思います。
わかりやすいたとえ話をするならば、自宅の部屋にこもって趣味に没頭すれば「幸せ」になれます。しかしそれはあくまでも小乗仏教の空であり「幸せ」です。
その一方で自宅の外に出て他人を幸せにすることが、大乗仏教における悟りを理解することに対応し、すなわち「成功」を意味するのです。
伝えたいことを整理しておくと……「他人を幸せにする前に(成功する前に)、自分を幸せにしよう」「自分の幸せを追求するという小乗仏教的な悟りで終わるのではなく、他人を幸せにするという大乗仏教的な悟りにまで到達しよう」ということです。
次回は「1.空(小乗仏教)」についての解説に入ります。お楽しみに!
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