日本人は宗教を気にしない国なので、結婚式を教会でやるのに仏滅を避けたりします。しかしこれほど摩訶不思議な行動はないのです。なぜでしょうか?
そもそも大安、仏滅などの『六曜』の考え方は、仏教でもなければ儒教でも、ましてや神道でもありません。六曜は陰陽道という道教の流れをくむ考え方なので、道教徒以外は気にしなくてよいのです。
とはいえ、このようなことはほとんどの日本人にとって「初耳」でしょう。そこで「宗教とはなにか?」というところから説明していきたいと思います。
宗教という言葉
「宗教」という言葉自体、明治になって「religion」の訳語としてつくられた新しい言葉です。もともと「religion」の意味は「繰り返し読む」ということ。なぜ「繰り返し読む」ことが宗教なのでしょうか?
理屈はこうです。欧米人のほとんどがキリスト教。キリスト教における最高教典すなわち啓典(正典ともいう)は聖書。そこで聖書を「繰り返し読む」という発想が生まれるのです。
欧米人にとっては生まれた時からもうそこにはキリスト教があるわけで、日本人とはまったく環境が違うわけです。日本にあるのは、全部「雰囲気」です。
日本には仏教的雰囲気、神道的雰囲気、儒教的雰囲気、道教的な雰囲気が混在しており、何か特定の宗教を信じている人は「ちょっと変わった人」というレッテルを貼られるのがお決まりになっています。
しかし「わたしは無宗教です」と主張する日本人自体も気づいていないだけで、実のところ【宗教】と全く無縁というわけではないのです。
宗教の定義
「わたしは無宗教です」と主張する人も宗教とは無縁というわけではない……という話をしましたが、そうなると気になるのが「宗教の定義」でしょう。
「宗教の定義」に踏み込むと難しい議論をする必要があるので、本サイトでは宗教社会学者のマックス・ヴェーバーの説を採用することにします。
マックス・ヴェーバー曰く、宗教とはドイツ語で「エトス(Ethos)」のこと。エトスは英語では「ethic」(エシック)、日本語では「行動様式」と訳します。
行動様式とはなにか?
行動様式とは、ひらたくいえば行動パターンのこと。詳しく説明すれば、人間の行動を意識的および無意識的に突き動かしているもの。
理解を深める解説を一つ。
英語で「ethics」(エシックス)といえば倫理のこと。しかしエトスの英訳である「ethic」(エシック)には語尾にsがありません。
つまり倫理というものは、ああしろという命令や、こうするなという禁止を指すのですが、その上位(一般)概念である「ethic」(エシック)にはもっと広い意味が含まれているのです。
「ethic」(エシック)には、命令や禁止も含むのですが、さらに「正しい」とか「正しくない」ということを含むだけでなく、さらには思わずやってしまう無意識の行動までをも含むのです。
つまり倫理道徳、習慣風俗、規範、その人独特の癖など、そういったものを全て含んでいるのが「エトス(Ethos)」であり「行動様式」なのです。
日本教
マックス・ヴェーバーの定義の優れている点は、宗教だけでなく資本主義、マルキシズム、武士道、SDGsなどのイデオロギーも宗教の一種であると解釈できる点にあります。
たとえば日本人も無宗教だとはいうものの、独特の行動様式をもっています。従って、日本人にも独自の行動様式があるはずだという解釈もできるのです。「空気の研究」で有名な山本七平氏が「日本教」と名付けたものがそれです。
とはいえマックス・ヴェーバーの定義で宗教をとらえると、宗教の範囲が広がりすぎてしまうので、まずはキリスト教、仏教、イスラム教、儒教などについて解説することにしたいと思います。
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