タイトルが原題と異なる点に違和感を感じる作品は珍しくありませんが、今回紹介するケン・ローチ監督の『家族を思うとき』(原題 : Sorry We Missed You:あいにくご不在でした)もその一つです。
『家族を思うとき』は、仕事に押しつぶされそうになりながら必死にもがく新人配達員とその家族の生き様を描いた作品なのですが、同時に「資本主義における理想の労働者とは?」ということを考えるヒントになりそうです。
予告動画)家族を思うとき
これ以降の内容は、ネタバレも含みますのでご注意ください。
社会主義というワクチン
資本主義を研究したカール・マルクスは、資本主義社会における「資本家」階級と「労働者」階級の対立に注目しました。
マルクスによれば資本家階級は、支配階級であり、労働者階級から剰余価値(付加価値)を搾取するだけでなく権力をも独占する存在です。
その一方で労働者階級は、生産手段を私有せず、自己の労働力しか売るべきものをもたず、社会から疎外された存在であると説明しました。
そしてマルクスは資本主義社会はその矛盾ゆえに社会主義社会に移行すると予言しました。資本主義を徹底すればするほど、資本家と労働者の対立が激しくなると考えたのです。
しかしマルクスの予言は見事に外れます。なぜでしょうか?
マルクスの予言が……資本主義を生き延びらせるワクチンになったからです。資本主義側の権力者たちは気づいたのです。労働者を敵にするのではなく味方にすることが得策であることに。しかし……
資本主義リアリズム
冷戦終結以降、社会主義に飲み込まれる心配がなくなった資本主義体制は、もうかつてのように労働者を味方にする必要がなくなりました。なぜならば資本主義に矛盾があっても、資本主義以外に選ぶ選択肢などそう簡単に見つかるわけがないからです。
資本主義という制度は、労働者を「資本主義における理想的な労働者」になるようにあらゆる手をつかって駆り立てます。今回紹介した映画『家族を思うとき』に登場するお父さんも、まるで取りつかれたように働く労働者の一人です。
では資本主義における理想的な労働者とはどういった人たちなのでしょうか?
資本主義者的な労働観
アメリカの経済学者、アルヴィン・ハーヴィ・ハンセン(元ハーバード大学教授)がインドのあるコミュニティの改革に携わった結果、そのコミュニティの生産力は2倍になったそうです。
しかし翌年ハンセン教授が再びそのコミュニティを訪問したときに驚きの光景を目にしました。なんとコミュニティの生活水準は変わっていなかったのです。
生産性が2倍になれば生活水準も2倍になるはずです。なぜコミュニティの生活水準は変わらなかったのでしょうか?
答え:生産力が2倍になった彼らは労働時間を半分に減らしたから
そう。「生産力が2倍になったら収入が2倍になり生活水準も豊かになる」と考えること自体が、資本主義的な発想なのです。
資本主義以前の前産業社会における労働者の関心は、生産性を向上させて生活水準を上げることにあるのではないのです。彼らの関心は、伝統的な生活水準を維持することにあるのです。
あなたは資本主義者か?
わたしは以前、自動販売機の商品を補充するトラックの助手席に座って、ドライバーを補助する仕事をしたことがあります。
東京都内は駐禁の取り締まりがとても厳しいです。そのためドライバーが自動販売機に補充のために車から離れる間、助手席にいるだけでも価値があるのです。
わたしがいつも同じルートを担当するドライバーの仕事っぷりを約1週間観察してわかったことは、そのドライバーは仕事をできるかぎりサボるようにしている……ということでした。ドライバーの気分を害さないように遠回しにそのことを質問するとドライバーはこんなことを教えてくれました。
急いで仕事をすると、自分が担当する自動販売機の数を増やされてしまう。だからわざと仕事をゆっくりやっているんだよ。
同様の話を他でも聞いたことがあります。「タロサックの海外生活ダイヤリー」というYouTubeチャンネルで、日本人男性のタロサックさんが海外の女性に「頑張って仕事をしてお金を稼ぐ男性」と、「そこそこで仕事して自分の時間をもっている男性」のどちらと結婚したいか?と質問していたのですが、動画では全員の女性が後者の男性と結婚したいと回答しました。
働けば稼げるからといって、自分の時間のすべてを仕事に捧げることを、すべての労働者が望んでいるわけではないのです。
産業社会の大原則
「働けば稼げるからといって、自分の時間のすべてを仕事に捧げることは望んではいない」のですが、労働者をそう駆り立てるのが資本主義の本当の恐ろしさであることをカール・マルクスは喝破していました。
自分や他人を幸せにするために働いているつもりが、気づいたときには資本主義という大きなシステムのなかの部品として壊れるまで働かされる……のが資本主義の怖さなのです。
たとえばお金は幸せになるための手段であって目的ではありません。しかし気づいたときには「お金のためにお金を稼いでしまっている人」は珍しくありません。
また人生を豊かにするための手段としてSNSを利用していたはずなのに、気づいたときには「SNSをやっていないと不安になる」なんて人も珍しくありません。
資本主義の罠にハマる前に……あなたは立ち止まることができるでしょうか?
■ 社会を学べる映画集