今回は地球が平らであることを大真面目に主張する人たちに密着したドキュメンタリーを紹介したいと思います。
地球は平らなのか?
『地球は平らである』という説があります。「ビハインド・ザ・カーブ ~ 地球平面説」(Netflix)は、科学者や周りからどれだけ否定されようとこの地球平面説を主張するコミュニティを追った作品です。
作品に登場するマーク・サージェント(Mark K. Sargent)は、YouTubeチャンネルの登録者数が9万人を超える、地球平面説を唱える有名人であり、1,440本もの動画をアップロードしています。(2021年12月1日時点)
ここから先はネタバレを含みますのでご注意ください。
証拠は何も「ない」
地球平面説を主張するからには、科学的な主張があるのに違いない……という視聴者の期待はあっさりと裏切られます。
いつになったら地球平面説について説得力のある証拠が提示されるのだろう……とモヤモヤしたまま、「コレ(が証拠)」というものは何も提示されないまま作品は終わってしまうのです。
しかし驚くべきことに……地球平面説を支持する決定的な証拠は何も「ない」にもかかわらず、大学教授やNASAの元職員とされる人物のなかにも地球平面説を支持する人たちがたくさんいるのです。
ある登場人物に至っては、自らの実験によって地球平面説をむしろ否定する結果が出ているにもかかわらず、「地球平面説の証拠は、きっと見つかるはず」という態度を頑なに貫こうとします。
なぜ彼らは、確固たる証拠があるわけでもないのに「地球平面説」を信じるのでしょうか?
「価値観は人それぞれ」といってしまえばそれまでなのですが、今回はいい機会なので別の角度から考察を深めたいと思います。
信仰に没頭する自由
わたしはさきほど「なぜ彼らは、確固たる証拠があるわけでもないのに地球平面説を信じるのでしょうか?」というような質問をしました。しかしこのような質問をすること自体が、実は日本人的な発想なのです。この点について説明した上で本題に入りましょう。
アメリカという国は、宗教的な自由を求めた人たちが建国した人造国家です。「宗教的な自由」というと、「宗教からの解放」(無宗教)というようなニュアンスもあるかもしれませんが、ここでいう「宗教的な自由」とは、「自分たちの信仰に没頭する自由」という意味です。
ではアメリカ建国者たちの信仰とはどのようなものだったのでしょうか?
キリスト教徒である条件
アメリカという国は、WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)の影響力が強い国です。つまり、アメリカ建国者たちの思想とは、キリスト教「プロテスタント」なのです。
では、プロテスタントとは具体的にどのようなものだったのでしょうか?
プロテスタントを理解する鍵は、「予定説」にあります。予定説とは、平たく言えば「未来はすでに神によって決定されている」という考え方のことです。
予定説に従えば、未来はすでに決まっているので、「キリスト教徒になる人も決定されている」し、「救われる人も決定されている」という結論になります。
ですからキリスト教(プロテスタント)においては、「まずは信じる」ということがとにもかくにも重要になるわけです。重要というよりも、「まずは信じる」ことができなければその人はキリスト教徒ではないのです。
その一方で日本人になじみの深い仏教はキリスト教徒とは真逆の発想をします。仏教では「修行をすれば悟れる」というように考えます。つまり過去・現在においての努力が、未来に報われるというように考えるのです。
プロテスタント的な発想と、仏教的な発想の違いが、最初に提示した疑問(なぜ?彼らは確固たる証拠があるわけでもないのに「地球平面説」を信じるのでしょうか?)の答えになっていることにお気づきでしょうか?
日本人になじみの深い仏教的な発想をするならば「地球平面説が正しいか間違っているかは、証拠のアリナシによって判断する」と考えるのが普通でしょう。
一方でプロテスタント的な発想をするならば「地球平面説は正しいと信じる」ということがまずは重要になるのです。
ジレンマを回避するには?
おそらくあなたは「ビハインド・ザ・カーブ ~ 地球平面説」(Netflix)を視聴しても、どこか自分とは関係のないような感覚をもつでしょう。「自分には関係がない」と。
しかし「資本主義」だけでなく、資本主義を研究した「経済学」も、自己啓発やコーチングの理論も、それらはすべてプロテスタント的な発想から生まれているのです。
例えばコーチングにおいては、「ゴール(何が何でも達成したいこと)を強く心に思い浮かべれば、ゴールを実現する方法はきっと見つかる」というように考えるわけですが、まさにプロテスタント的な発想が根底にあることに気づくはずです。
ここでジレンマに直面します。
まずいろんな物事を予定説的に考えてしまうと、泥沼にハマってしまう可能性が高まります。それは「ビハインド・ザ・カーブ ~ 地球平面説」(Netflix)を視聴すればわかるはずです。
しかし仏教的な発想を素朴に解釈することにも危険があるのです。例えば何かに挑戦しようとするときに、「自分にはできるだろうか?でも自分にはできる証拠がない。だから諦めよう。」などと考えてしまうのが典型例です。
どうすればジレンマを解消できるでしょうか?
直観を裏切る事実に慣れよ
わたしが「ビハインド・ザ・カーブ ~ 地球平面説」(Netflix)に登場する人たちにアドバイスをするのであれば、「直観を裏切る事実に慣れよ」とアドバイスするでしょう。
例えば相対性理論で明らかになっている事実を学ぶだけで、すでに相対性理論が直観に反する事実の積み重ねによって成り立っているということに気づくことができるはずです。
実のところ「ビハインド・ザ・カーブ ~ 地球平面説」(Netflix)に登場する人たちが乗っている車に備え付けてあるGPSにしても、相対性理論に基づいた処理がなければ、きちんとした位置情報が表示されないのです。
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