面白いはずなのに評価されない映画があります。又吉直樹さんの芥川賞受賞作『火花』を原作とした作品もその一つでしょう。しかし主題を見逃さなければ……これほどよくできた映画も珍しいと思うので、紹介したいと思います。
予告動画)火花
これ以降の内容は、ネタバレも含みますのでご注意ください。
人生は落語なのだ
映画『火花』を鑑賞した人のほとんどが「中途半端さ」を感じたかもしれません。
売れない芸人が大成功するわけでもないし、地獄に落ちるわけでもありません。だから映画を鑑賞したあとに「わたしたちは何を見せられたのだろうか?」と拍子抜けしてしまうのです。一体、映画『火花』は何を伝えたかったのでしょうか?
物語を読み解くカギは、2011年にお亡くなりになった天才落語家・立川談志師匠の言葉に隠れています。立川談志師匠は、『人生は落語なのだ』と信じ、『落語と一緒に生きているのは間違っていない』と思いつつ、『それでも不安になることがある』と告白しています。
立川談志師匠の言葉を借りるなら……映画『火花』が表現したいことは『人生は漫才なのだ』ということに尽きるのです。事実、徳永(演:菅田将暉)は「人生は漫才」を体現する人物として表現されています。
徳永は、売れない芸人から「そこそこ売れている芸人」になるも、芸能界に見切りをつけて芸人を引退します。しかしラストシーンを観れば明らかなように、芸人を引退しても徳永は『芸人』なのです。
人生は幻
立川談志師匠はこんな言葉も残しています。「落語は忠臣蔵の四十七士じゃなくて、逃げちゃった残りの赤穂浪士二百五十三人が、どう生きるかを描くもんだ」
そう。映画『火花』で描いているのは、芸人として大成功した一握りの成功者ではなく、芸人として大成功できなかった大多数の人間たちの人生なのです。芸人として大成功できなかった大多数の人たちは不幸なのでしょうか?
否。成功したから幸せとか、失敗したから不幸というような単純な描き方をしていないところが、映画「火花」を読み解く重要なポイントになります。例えば徳永(演:菅田将暉)が、先輩の元カノ真紀(演:木村文乃)を久しぶりにみかけて感動しているシーンがあります。
徳永は真紀(演:木村文乃)の変化にこの世の真理を発見したのです。この世の真理とは?そう。『縁起』です。売れない先輩芸人の彼女だった「あの真紀」さんが、「あんなことになるなんて」という時間の流れを感じさせる出来事が、「ありそうもない感動」を徳永にもたらしたのです。
■ 『宗教』を学べる映画