ナイト・ウォッチャー ~ 裏切られる勇気

対人関係の基礎は「信用」ではなく「信頼」によって成立しているのだ、と考えるのがアドラー心理学の立場になります。(中略)

「信頼」とは、他人を信じるにあたって、いっさいの条件をつけないことです。たとえ信頼に足るだけの客観的根拠がなかろうと、信じる。担保のことなど考えずに、無条件に信じる。それが信頼です。

嫌われる勇気

嫌われる勇気に登場する哲人が説くアドラー心理学の「信頼する作法」に対して、対話相手である青年はイライラする気持ちを隠すことができません。「先生お得意の隣人愛ですか?」「そんなもの、頭の弱いお人よしですよ!」「先生は性善説に立たれているのかもしれませんがね、わたしは性悪説に立ちます。」と抵抗します。

しかし哲人はイラ立ちを隠せない青年に対して、アドラー心理学のシンプルな考え方を提示するのでした。

アドラー心理学の考えはシンプルです。あなたはいま、「誰かを無条件に信頼したところで、裏切られるだけだ」と思っている。しかし、裏切るか裏切らないかを決めるのは、あなたではありません。それは他者の課題です。あなたはただ「わたしがどうするか」だけを考えればいいのです。

「相手が裏切らないのなら、わたしも与えましょう」というのは、担保や条件に基づく信頼の関係でしかありません。

嫌われる勇気

「嫌われる勇気」の読者は、こう思ったでしょう。「理屈ではわかるが、実践するのはやっぱり難しいのではないか?」と。そんなあなたに「裏切られる勇気」が湧いてくるような作品を1本紹介したいと思います。

予告動画)ナイト・ウォッチャー

これ以降の内容は、ネタバレも含みますのでご注意ください。

檀家を裏切った坊主

あるお寺の檀家さんのひとりが、坊主にこんなお願いをしました。「法事の当日にわたしは自宅にいないけど、玄関の外からでもいいのでお経を唱えてくれないでしょうか?お布施は先に渡しておくのでお願いします。」と。

しかし実は……坊主に前代未聞のお願いをした檀家さんは、法事の当日にずっと家にいて「本当に坊主がやってきて、お経を読んでくれるのか?」と様子をうかがっていたのだそうです。

一日中自宅から坊主がやってくるか検証し続けた結果「坊主はこなかった。もちろんお経も読まなかった。」そうで、檀家さんは一部始終を周囲に語ったところ、「お布施を受け取っただけで仕事をしなかった坊主の話」は周囲にあっという間に広がってしまったそうです。

なぜ檀家さんは、法事というイベントを利用して坊主を実験台にするようなことをしたのでしょうか?残念ながら檀家さんの意図はわからないのですが、檀家さんが『保険』をかけていたことは確かです。つまり「裏切った時には、裏切ったことがわかる証拠」をちゃんと用意していたのです。

裏切りへの備え

わたしが檀家を裏切った坊主の話をした理由は、さきほど予告動画を紹介した「ナイト・ウォッチャー」を鑑賞すればわかるはずです。

「ナイト・ウォッチャー」の主人公バート・ブロムリー(演:タイ・シェリダン)は、自分を裏切るか裏切らないかを決めるのは自分の課題ではなく、他者の課題であることを認識していました。

だからバートは【まずは信じてみる】ことを実践したのです。なぜ【まずは信じてみる】ことを実践したのかといえば、深い関係を構築するためには相手に疑いの目を向けるのではなく【まずは信じてみる】ことが重要であることを理解していたからです。

しかし【まずは信じてみる】ことが、深い人間関係を構築するために必要不可欠だからといって、他人から裏切られたときに自分の身を守るための対策を怠っていいわけではないのです。備えあれば憂いなし。というではありませんか。

■ 『連帯を学べる映画

『連帯』を学べる映画