『性格』についての理解を深めるために、「自分とは何か?」という哲学的なテーマについて考えてみたいと思います。
今回の内容は『ライフスタイルのモデル』の⑥を理解する上で役立つはずです。
- 性格を決めるのは自分。
- 但し、性格を丸ごと変えられるわけではない。
- 自分の努力で変えられる性格とは信念に関わるものであり、だからこそ性格は一瞬で変わる可能性を秘めている。
- しかしわたしたちは過去の成功体験に囚われ、「性格を変えない」という決断を下し続けているので、性格を変えることができない。
- 「決断」や「自己分析」で性格を変えようとするが、これは典型的な間違いである。考えることをやめて、起こっていることをありのままに見つめることが、性格を変える第一歩。
- 「事なかれ主義」に落ち着つくことなく、性格を変え続けるためには、不確実性を受け入れる勇気が必要不可欠。
- 「現状維持の未来」について考えれば、勇気が湧いてくる!試行錯誤を繰り返し、成功体験を積み重ねれば、性格は変わる。
自分とは?
わたしたちは情報的な存在です。ここで試しに、「自分」を定義してみましょう。自分の名前とか、家族関係、住んでいる場所、通っている学校もしくは会社、職種、趣味、特技、性格などさまざまな要素があるはずです。たとえば……
わたしは・・・
- 北輝です。
- 東京に住んでいます。
- ライフコーチとして活動中です。
- ●●大学を卒業しました。
- 外資系のコンサルティング会社に勤めていました。
- アンガス牛のステーキとパイプ煙草が大好きです。
つまり「自分」を定義しているものはどれも「他者との関係」であって、自分自身ではないのです。要するに「自分」というものは自分でつくりあげることが不可能なものであって、他者との関係によって定義されるものだということです。
ここで重要なことは「関係」とは、点と点を結ぶ線につけた名称であり、点そのものには面積も体積もないのです。「自分」というものは他者とのネットワークのことなのであって、「自分という実態は?」といわれても、中心は点ゆえに「ない」わけです。
もっとわかりやすく別の言い方をすると、「自分」とは人のカラダに備わっている「免疫システム」のようなものなのです。免疫システムがウイルスという外界からの侵入物に出くわしてはじめてその存在を顕在化させて機能するように、「自分」も他者との関係性ができたときにはじめて立ち現れる情報でしかないのです。
たとえばこの世に生まれれば「子ども」になり、兄弟が生まれれば「兄」や「姉」になり、成人すれば「大人」になり、社会で活動すれば「社会人」になり、結婚すれば「配偶者」になり、離婚すれば「独身」になり……といった具合です。
つまり何が言いたいのかというと……「自分」というものは、他者との関係性のなかで、「これが私」と定義している情報状態なのだから、書き換えることができる……ということです。
そして「他者との関係」を再生産するのも「情報」である……ということは見過ごせません。たとえばパソコンやスマートフォンは、ソフトやアプリがなければ機能しません。同様に「自分」というものも、遺伝子情報や『信念』がなければ機能しないのです。遺伝子情報がなければ、食欲・性欲・睡眠欲は湧かないでしょうし、『信念』がなければ人生の課題に立ち向かうことだって出来ないのです。
勇気とは?
大事なことなので繰り返しますが、『性格』は変えられるのです。しかしこれまでの議論を踏まえれば、わたしたちは『性格』を変えたくないのです。なぜならば性格を変えると、次の瞬間に何が起こるかわからなくなるからです。
たとえば会社の同僚から「飲みに行こうよ!」と誘われており、いつもその誘いを受け入れているような場合を考えてみましょう。このような場合、同僚からの飲み会の誘いを断るには、勇気が必要になります。なぜならば飲み会を断ったら、次の瞬間、何が起こるかわからないからです。同僚から嫌われるかもしれないし、怒られるかもしれないし、もう飲み会に誘ってくれなくなるかもしれないし、「ノリが悪いやつ」と陰口を叩かれるかもしれません。
そう。「飲み会を断る」という些細な行動ですら、勇気が必要なのです。そもそも勇気とはなんでしょうか?
アドラー心理学では「エンカレッジメント(encouragement)」というんです。「勇気づけ」と訳すこともあるんですが、あまりよい訳語ではない。「勇気」というと、私は何となく野蛮な感じがするんです。ここで言う「カレッジ(courage)」というのは、アドラーはドイツ語で書きましたので、元々はドイツ語で、「ムート(mut)」という言葉なんです。これは、まさに日本語の「気」にあたる言葉なんですね。(中略)
ええ、「気力」「元気」「根気」「やる気」「勇気」の「気」ですね。それらを全部含めて、ムートっていう言葉を使うんです。だから、アドラーが勇気って言っているのは、活力、バイタリティというようなものだと思っていい。前向きの姿勢というような言い方をしてもいいと思う。とにかく、それがあれば、性格は変えられる。(中略)
不安に打ち勝つ勇気、不確定を受け入れる勇気ね。
【引用:性格は変えられる】
アドラー心理学における勇気とは、活力、バイタリティのようなものです。勇気があれば『性格』は変えられるのですが、世の中を観察していると、『勇気』の重要性があまり理解されていないようです。たとえば……
荒唐無稽な話
『新宿109』という詐欺撲滅系YouTubeチャンネルをみていると、『勇気』がないことと詐欺の被害にあうことは、コインの裏と表のような関係であることがわかります。順を追って説明します。
詐欺の加害者グループから「100万円投資をしてみないか?」と誘われて、被害者が100万円の投資をすることは【勇気】のある行動であり、それこそが『お金持ちの性格』なのではないか……と思う人もいるかもしれませんが、詐欺の被害者は「性格を変えない」という決断をし続けているのです。
詐欺の被害者は「お金がほしい」のです。「お金がほしい」場合、『貧乏な性格』から『お金持ちの性格』に変わる必要があります。しかし詐欺の被害者は、『貧乏な性格』のままお金を手に入れようとするのです。だから詐欺の被害者になってしまうのです。
貯金を切り崩すにせよ、借金するにせよ、詐欺被害者はお金を捻出しているから詐欺の被害者になっているのです。一体、大金を他人に渡すという【勇気】は、どこから湧いてくるのでしょうか?
実は……詐欺師にお金を渡す【勇気】と、アドラー心理学における『勇気』は似て非なるものなのです。わかりやすく説明しましょう。
詐欺の被害者から詳しく話を聞いてみると、荒唐無稽な話であることがほとんどです。なぜ荒唐無稽な話に騙されるのだろうか?と疑問に思うかもしれませんが、荒唐無稽だからこそ【勇気】が湧きあがってくるのです。
わたしたちの信念は、保守的で臆病であることはすでに説明しました。そしてこの保守的で臆病な「事なかれ主義」の信念を打ち破るには、リスクをはるかに上回るメリットを提示する必要があるのです。2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは「リスクに対して、2倍のリターンがなければ人は動かない」と主張しています。
ところが、現実世界に2倍のリターンが約束されることなんてほとんどありません。現実のビジネスでは5%、10%の利回りを達成するだけでも大変です。それにも関わらず、200%のリターンを望むのが、人間の自然な心理だというのですから、放っておいたら人間は全員、「事なかれ主義」に落ち着いてしまうのです。
つまり詐欺師は、ターゲットの保守的で臆病な信念を打ち破るために、「あり得ない話」を作り出す必要があるわけです。2倍以上のリターンを約束する一方で、元本を保証(リスクはない)することだって珍しくありません。
さて……詐欺師の話に耳を傾けると湧き上がってくる【勇気】の正体がわかってきたのではないでしょうか?
不確定を受け入れる
アドラー心理学における『勇気』は、未来の不確実性を受け入れる勇気のことです。一方で【勇気】は、未来の不確実性を受け入れない態度のことなのです。
要するに詐欺師は「今のあなたのままでも、儲けることができる!」と主張しているのです。詐欺師が唯一要求することは、【勇気】を出してお金を渡し、未来の不確実性については「何も考えない」ことなのです。しばらく時間が経って、冷静になったカモから「お金を返してくれ!」といわれるのが、詐欺師にとっては一番困るわけです。
ですから詐欺師は、被害者であるカモに【勇気】を与え続けるのです。詐欺グループのなかには、少しばかりのリターンを渡してカモを信用させることで【勇気】を再生産し、さらにたくさんのお金を引っ張ろうとする輩も珍しくありません。
要するに【勇気】は与えられるものであって、自分で創りだすものではないのです。ですから詐欺師から【勇気】をもらえなくなった途端に、カモである被害者はパニックに陥るのです。自分が騙されたことに気づき、完全に勇気をくじかれて命を絶つ人もいます。
一方で『勇気』の効果も、あまり長くは続きません。そのため『勇気』は、絶えず作り出す必要があります。わたしたちは絶えず性格を選び続けています。『勇気』がなくなれば、すぐに「事なかれ主義」に落ち着き、そこで成長も止まってしまいます。
しかし心配する必要はありません。【勇気】と異なり、『勇気』は自分でつくることができるからです。あなたは『勇気』の作り方に心当たりがあるでしょうか?
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