野田俊作先生の「アドラー心理学を語るシリーズ」の第三作目『劣等感と人間関係』を紹介します。
正/誤
『嫌われる勇気』を読むと、「誤ったライフスタイル」という言葉が出てきます。しかしわたしは「誤ったライフスタイル」という表現に違和感を持っていました。なぜならば「誤ったライフスタイル」があるということは、「正しいライフスタイル」があるということを暗示していることになるのでは?と、疑問になったからです。
アドラー心理学は『絶対的に正しいもの』を認めません。心理学を含む社会科学はあくまでも「モデル」なのであって、そのことを忘れると痛い目を見るので、くれぐれも注意が必要です。たとえば青年時代のアドラーは、カール・マルクスに関心を寄せていましたが、マルクスの弟子たちは、マルクスの理論がモデルであることに気づくことができませんでした。
そのためマルキスト(マルクス主義者)たちは、マルクスの理論を仮説ではなく不動の真理であるかのように錯覚し、反対者を容赦なく弾圧したのです。たとえばアドラーの配偶者ライサの友人でもあったトロツキーは、スターリンとの政治闘争に敗れてソビエト連邦を追放され、メキシコで暗殺されています。そしてレーニンからスターリンへと受け継がれたソビエト連邦は、民衆の塗炭の苦しみもむなしく75年の壮大な実験の後に、ついに悲惨な末路を迎えてしまったのです。
『劣等感と人間関係』では、「正」「誤」の表現ではなく、「健康な」「不健康な」という表現が使われています。わたしは「健康な」「不健康な」という表現に出会ってはじめて、アドラー心理学を抵抗なく受け入れることができるような気がしました。そう。ちょっとした表現の違いが、理解度に大きな差をもたらすことは本当にあるのです。
さて……健康なライフスタイル、不健康なライフスタイルとは、どのようなものなのでしょうか?
健康/不健康
健康なライフスタイルと不健康なライフスタイルを分けるポイントは、劣等感です。劣等感をそのまま受け入れることができれば、健康なライフスタイルへの道が開けるし、そうでなければ不健康なライフスタイルに陥りやすくなります。劣等感とはなんでしょうか?
劣等感は「所属感」と「競争」の掛け算で生まれます。
「所属感」は、とても強い欲求です。もしかすると「所属感」は、生存欲求よりも強い欲求かもしれません。なぜならば所属感を失ったときに、人は自殺を選ぶことがあるからです。もちろん自殺の理由はさまざまですが、自殺の二文字が頭をよぎった時に「わたしが死んだら、みんなショックを受けて、わたしのことを思い出すだろう」と考える人もいるそうです。
所属感を埋め合わせるために、人は特別な存在になろうとします。たとえば赤ちゃんは、周囲の大人に助けてもらわなければ死んでしまうので、特別な存在として扱ってもらうべく全力を尽くします。そして子どもになってからも、賞賛・注目・争い・復讐・無能の証明などの手段によって、特別であろうとします。
さて……特別な存在でありたいという欲求を満たすてっとり早い手段はなんでしょうか?ズバリ……「競争に勝つこと」です。しかし競争をすれば負けることだってあるわけですから、特別な存在でありたいという欲求は否定され、劣等感に苦しむハメになってしまうのです。
劣等感に苦しまないためには、どうすればよいのでしょうか?
まずは競争にこだわらないことです。そして『自己受容』『他者信頼』『他者貢献』を実践することが重要です。もっとシンプルにいうなら『共同体感覚』が重要です。おそらくあなたは『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』で何度も繰り返し、同じようなことを学習したに違いありません。
ここで思い出してほしいことは、先ほど紹介した「ちょっとした表現の違いが、理解度に大きな差をもたらすことは本当にある」という一文です。
わたしはアドラーの原著や岸見一郎先生などの本を読んで、少しはアドラー心理学をわかったような気になっていました。しかし『劣等感と人間関係』を読んだことがきっかけで、これまで読んだアドラー心理学に関する本をもう一度読まなければならない……という気分になりました。これまで学習したことを別の角度から学習することは、あなたにとってもきっと良い経験になるはずです。
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