『性格』は本当はとても変わりやすいのですが……なぜ「本当は」というただし書きが、必要なのでしょうか?これまでの議論を踏まえて、あらためて考えてみましょう。
実は……人間は、自分の性格を変えないための能動的な努力を絶えずやっているのです。つまり性格を変えない努力をやめれば、性格はすぐにでも変わるのです。しかしわたしたちは、そのことになかなか気づくことができないのです。ですから「本当は」という但し書きが必要になってしまうのです。
性格は本当はとても変わりやすい。ただ、人間は、自分の性格を変えないための能動的な努力を絶えずやっている。だから変わらない。
【引用:性格は変えられる】
人間は、自分の性格を変えないための能動的な努力を絶えずやっている……といわれても信じられないかもしれませんが、そのことに気づくだけでも大きな変化を期待できます。たとえば……
今回の内容は『ライフスタイルのモデル』の⑤を理解する上で役立つはずです。
- 性格を決めるのは自分。
- 但し、性格を丸ごと変えられるわけではない。
- 自分の努力で変えられる性格とは信念に関わるものであり、だからこそ性格は一瞬で変わる可能性を秘めている。
- しかしわたしたちは過去の成功体験に囚われ、「性格を変えない」という決断を下し続けているので、性格を変えることができない。
- 「決断」や「自己分析」で性格を変えようとするが、これは典型的な間違いである。考えることをやめて、起こっていることをありのままに見つめることが、性格を変える第一歩。
- 「事なかれ主義」に落ち着つくことなく、性格を変え続けるためには、不確実性を受け入れる勇気が必要不可欠。
- 「現状維持の未来」について考えれば、勇気が湧いてくる!試行錯誤を繰り返し、成功体験を積み重ねれば、性格は変わる。
ダイエット
レコーディングダイエットという手法があります。レコーディングダイエットは、自分が食べたものをすべて記録に残すダイエット手法です。なぜ食べたものを記録に残すのでしょうか?
レコーディングダイエットの生みの親である岡田斗司夫さんは、自分が食べたものを記録に残すことで「太っているのは、毎日毎日、太り続けるための行動を繰り返しているから」ということに気づくことができたそうです。
もしかしたらあなたは「当たり前でしょ?」と思うかもしれません。しかし太っている人は誰もそうは考えていないのです。
太っている人に「なぜ自分は太っていると思うか」をインタビューしてみると、こんな答えが返ってくるはずだ。
「水を飲んでも太ってしまうんです。太りやすい体質なんです。」
「仕事柄、外食が多くなってしまって、食事が偏りやすいんです」
「デスクワークですから、どうしても運動不足で」
「接待が多いので、夜にビールをたくさん飲むことになりがちで」
大間違いだ。ひとつずつ、検証しよう。
【引用:いつまでもデブと思うなよ】
『性格』を変えるための第一歩は……今起こっていることをありのままに見つめることなのです。しかし「今起こっていることをありのままに見つめる」ことができる人は、少数派なのかもしれません。大多数の人は「なぜわたしはこんな性格なのだろうか?」などと、ついつい考えてしまうのではないでしょうか?
実は「考える」ことが、性格を変えることの障害になっているのです。たとえば「なぜ自分は太っていると思うか」と問われた時に、『信念』はわたしたちの『性格』を正当化してしまうのです。たとえば「太りやすい体質なのでしょうがない」「食事が偏りやすいのでしょうがない」「デスクワークなので運動不足になってしまうのもしょうがない」「接待が多いのだからビールをたくさん飲むのもしょうがない」といった具合です。
いままでの人生で培った数々の『信念』は、今のあなたの『性格』を正当化するように働くのです。そしてまさにそれこそが、ホメオスタシスの役割なのです。
決意の無駄打ち
さて……これまでの議論を踏まえれば、「よし!明日から性格を変えよう!」と決意し、自己分析により「ダメな性格」の詳細をあぶり出し、良い性格に変えようとしたところで、徒労に終わる可能性が高いことがわかるのではないでしょうか。
もちろん自己分析の有効性は、世間一般には認められているフシがあります。実際問題、「自分のことは自分が一番よくわかっている」という信念をもっている人は珍しくありません。しかし自己分析はあまり役に立たないのです。その理由はシンプルです。
わたしたちひとりひとりの『信念』は、それぞれ異なります。そしてわたしたちは『信念』という色眼鏡を通して、世の中を観察しています。ですから自己分析というものは、『信念』という色眼鏡を通して、色眼鏡である『信念』について検討を加えることに他ならないわけです。
つまり自己分析は、二重の色眼鏡で自分を観察することなのです。自己分析が当てにならないのは、むしろ当たり前のことなのです。
決断と自己分析で『性格』を変えることができないのであれば、どうすればよいのでしょうか?もちろん「考えることをやめて、今起こっていることをありのままに見つめる」ことが重要であることはすでに説明したとおりですが、せっかくなので、大前研一氏が提唱している方法を紹介します。それは……
「今年こそは」と新年の決意をする人は少なくないだろう。だが、決意を新たにしたぐらいで人はそうそう変わらない。年度替わりの4月にまた決意を新たにして、上半期が終わる頃にまた決意して、秋を迎えた頃にはなし崩しになって「来年こそは」で1年が終わる。決意の無駄打ちをしないで、自分を変えるにはどうしたらいいか。私が昔から使っている簡単な方法が3つある。時間配分を変えること。住む場所を変えること。そして付き合う人を変えることである。
【引用:PRESIDENT Online】
環境を変えれば性格も変わる
わたしたちの『性格』は、「過去の人間関係における成功体験をベースに最適化され、思春期が終わる頃から継続してきた信念」であることはすでに説明しました。
ですから『時間配分』『住む場所』『付き合う人』が変われば、『性格』もガラッと変わらざるを得ないのです。なぜならばこれまでの『信念』は、まったく新しい環境においては役に立たないことが多いので、新しい『信念』で上書きする必要に迫られるからです。
もし新しい環境にいるのに、性格を変えないのであれば、不利益を被ることも覚悟しなければなりません。ヤマザキマリさんの経験談がとても興味深いので、最後に紹介して〆たいと思います。
私がイタリア人たちに囲まれて暮らすようになり、周囲に適応するためにやらねばならないこととしてまず最初に覚えたのは、善いことでも悪いことでも、胸中の思惑はなるべく言語化して表に出す、ということである。留学後に初めて付き合ったイタリア人の彼氏に「君はどうして思ったことを言葉にしないんだ」と指摘され、私にはそんな自覚がなかっただけにとても驚いた。
しかしそれからほどなく、当時ほかの学生たちとシェアしていた家が実は又貸しで、私が全家賃の半額以上をひとりで払っていたことが発覚。その日を境に、私は自分の性格を変えた。いや、変えざるをえなくなった。自分の主張が通らなければ、私はずっと“カモ東洋人”として多額の家賃を払い続けていかなければならなくなる。17歳で家を出るまで親とすら大した喧嘩経験のない私だったが、その時は半分演技のつもりでシェア仲間に対して声を張り上げ、辞書を片手に文句を言い、大騒ぎになった。家賃の不正がわかってからそれでも数週間我慢をしたうえでの決壊だったが、その後の私が以前のように戻ることはもうなかった。イタリアで生き延びていくには言語化と弁証能力が何より必要だとわかったからだ。
【引用:婦人公論.jp】
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