ぐるりのこと。 ~ <今ここ>にいることに心を開く体験

つらい出来事はある日突然わたしたちを襲います。わたしも過去につらい出来事に遭遇し、立ち向かわずにひたすら逃げたという経験があります。

しかし困ったことに……人生いつも逃げるわけにもいきません。楽しくてもつまらなくても、嬉しくても悲しくても、自分の意志とは関係なく時間は流れていく……それが人生です。

あなたはどのような心持ちで人生を過ごしているでしょうか?

今回紹介するのは「人によっていろいろある人生」に立ち向かう様々な人たちの姿を描いた作品です。

ぐるりのこと。

ここから先はネタバレを含みますのでご注意ください。

翔子の自我崩壊

翔子(役:木村多江)は「夫を支えるしっかり者の妻」であり、元気な子どもを(将来)出産する(であろう)模範的な「妻」として描かれます。夫婦の幸せは永遠に続くかと思われます。しかし翔子は流産を経験したことがきっかけで、うつを発症してしまうのです。

翔子は旦那であるカナオ(役:リリー・フランキー)に支えられて生きるのですが、旦那に支えられれば支えられるほど、翔子は苦しむのでした。翔子の苦しみの原因は「なぜ?旦那が、うつ病の自分と一緒にいるのかわからない」というものでした。

「自分は旦那を支えているわけでもないし、母にもなれなかった。そんな自分となぜ?旦那は一緒にいるのだろうか?」という素朴な疑問への回答を得られず、翔子は泥沼にハマってしまうのです。

翔子はもうダメかもしれない」という予感に、観客であるわたしたちは打ちひしがれそうになります。しかしある事件をきっかけに、翔子は立ち直ることになるのです。なぜ?翔子は立ち直ることができたのでしょうか?

翔子が立ち直ることのできた秘訣は『<今ここ>にいること』に成功したからです。『<今ここ>にいること』とはなんでしょうか?

物語を生きる

35カ国以上で1,200万部を突破した世界的ベストセラーの『サピエンス全史』の続編に、『ホモ・デウス: テクノロジーとサピエンスの未来』があります。

続編である『ホモ・デウス: テクノロジーとサピエンスの未来』も35カ国以上で600万部を突破しているそうですが、著書のユヴァル・ノア・ハラリは人類が発展できた理由を「物語を信じることができたから」と指摘しています。

例えば代表的な物語に「お金持ちになれば幸せになれる」があります。現実問題としてお金持ちになっても幸せになれる保証はないわけですが、「お金持ちになれば幸せになれる」という物語を労働の原動力にしている人は多いです。

同様に『宗教』や『愛』という概念にも、物語を信じる態度が要求されます。宗教を世に広めたのは経典(聖書等)ですし、恋愛を一般人に広めたのは恋愛小説でした。

しかし「修行すれば来世で救われる」とか、「神を信じれば救われる」とか、「永遠の愛は存在する」というような物語の真実性を支える社会そのものが崩壊しています。

なぜならば大人になればいろんなことがあって、信じては裏切られるという経験をするからです。時代の流れが早い現代において、あらゆる物語の耐用年数は短くなっているわけですが、あなたはどのような物語を信じているでしょうか?

物語に裏切られる

今まで信じてきたものが信じられなくなることほど、つらいことはありません。例えば信頼していた配偶者が浮気をすれば、つらい気持ちになるでしょうし、末期がんにかかり自分の余命が長くないことを知れば絶望するでしょう。

ここまで説明すれば、翔子が苦しんだ理由および、『<今ここ>にいること』の意味も理解できるのではないでしょうか?

翔子が苦しんだ理由は、自分自身が想定していた物語の脚本が破壊されたからです。自分が流産するなんてことは、翔子の思い描いていた人生の脚本にはなかったのです。

しかし裏を返せば、翔子を苦しめているのは自分自身なのです。なぜならば「将来自分の未来は明るい」というような想定は、根拠のない期待でしかないからです。

翔子が苦しんだカラクリを理解すれば、翔子を救えるのは翔子しかおらず、自分を救う鍵は「自分の思い描いた人生の物語に対して、過剰に期待しないこと」だと理解できるはずです。

そしてそのような態度こそが『<今ここ>にいること』の実践においては必要不可欠なのです。「物語を信じな!」とはいいません。でも物語を信じるのもほどほどに。特にその物語が他人の語ったものだとすれば、なおさら注意する必要があります。

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