ゴールド・スミスの物語

銀行がお金をつくるプロセスは、心が拒否してしまうほど簡単で受け入れがたい。

ジョン・ケネス・ガルブレイス(経済学者)

これまでの講義では、中央銀行(日本銀行 等)や民間銀行が、無からお金を創り出すことを解説しました。銀行業とは「お金貸し」のビジネスではなく「お金を無から生み出すビジネス」だったのです。

政府が借金した証拠である「国債」や、われわれが借金した証拠である「借用証書」(住宅ローン契約書等)がなければ、銀行は1円もわたしたちに貸し出すことができないのです。

さて……「心が拒否してしまう」ほどに馬鹿げた現代の錬金術は、一体いつ、発明されたのでしょうか?実際の歴史的な経緯は複雑なのですが、今回はわかりやすさのために、単純化してお伝えします。

ゴールドスミスの物語

過去、さまざまな時代にさまざまなモノがお金として使われてきましたが、すべてに1つの共通点がありました。その共通点とは、人が「十分に価値がある」と認めるものがお金として採用されてきたという事実です。

例えば、貝、キレイな石、羽でさえ、その希少性に価値を感じる人間がいたので、お金として使われました。特に金と銀はとてもやわらかく、簡単に加工できるものとして魅力的だったため、お金として採用されることになります。

「ゴールド・スミス」と呼ばれる人たち(以下、ゴールド・スミス)は、コインを鋳造することによって取引を簡単にできるようにしました。このコインは標準化された単位として重さと純度が保証されたので、人々は安心してお金として利用することができたのです。

また中世末期17世紀頃のヨーロッパでは、貿易の拡大によって決済に必要なゴールドを大量に保有する商売人が数多く登場しました。

そしてゴールドを大量に保有する商売人たちの関心事は、「わたしたちの大切なゴールドが盗まれないか?」でした。そこで商売人は、ゴールド・スミスの所有する金庫に注目したわけです。

金庫貸しの副業収入

ゴールド・スミスたちは、金細工商としての職業柄、ゴールドを守る頑丈な金庫にゴールドを保管していました。

その頑丈な金庫に注目した商売人たちは、自分たちのコインや貴重品を守るために「金庫を貸してください!」とゴールドスミスにお願いします。

ゴールド・スミスは商売人たちの願いを受け入れて、金庫のなかを棚ごとに貸し出したりして、収入を得ることにしたのです。

現代の感覚でいうならば「金細工商が金庫貸しとしてちょっとした副業収入を得るようになった」というだけの話です。しかしゴールド・スミスたちの欲望は、金庫貸しの枠には収まらなかったのです。

金庫貸しから金貸しへ

ゴールド・スミスは金庫貸しのかたわらゴールドに利息をつけて貸し出すというもう一つのビジネスをはじめました。

そして次第に借り手はゴールドではなく、紙のお金(預かり証)でローンを組むことを希望するようになります。なぜでしょうか?

ゴールド・スミスにとっては予想外なことに、なんと……ゴールド・スミスが発行した預かり証そのものが決済の道具として流通していたのです。

確かに商人の立場からすれば、ゴールドを決済に利用するよりも、預かり証で決済を完了させたほうが好都合です。なぜならば持ち運びに不便なゴールドで決済するよりも、持ち運びに便利な預かり証で決済を完了させるほうが楽だからです。

他人のお金で儲ける

「お金を貸して利息をもらうビジネス」つまり「預かり証を発行することによって利息をとる」ビジネスには限界があります。

なぜならばゴールド・スミス自身の所有しているゴールドには限りがあるからです。お金を貸してほしい人がいても、自分のお金がなければお金を貸すことはできないのです。

しかしある日、ゴールド・スミスはこんなことを考えました。

商人から預かったゴールドを担保にして預かり証を発行できたら儲かるのに」と。もちろんすでに商人から預かったゴールドに対しては預かり証を発行しているわけですから、二重に預かり証を発行するのは不適切です。

しかしゴールド・スミスはひらめくのでした。「二重に預かり証を発行しても問題ないのではないか?」と。なぜならば「ゴールドを預けた商人は、ゴールドを回収しにこない」からです。

そこでゴールド・スミスは、商人から預かったゴールドを担保にして預かり証を発行するようになりました。こうしてゴールドスミスは、もはや金細工でも金庫の貸し手でもなく、とても大きな利益を生む銀行家という存在に一歩近づいたのです。

破滅の始まり

ゴールド・スミスは、預金者のゴールドを元手にして預かり証を発行することで、大きな金利収入を得ました。本来、大きすぎる利益は他人の注目を集めますので目立たないように注意しなければいけません。しかしゴールドを預けた商売人たちよりも裕福になった「成金」のゴールドスミスは、その裕福さを隠すことができなかったのです。

そしてとうとう、ゴールド・スミスにゴールドを預けた商売人たちは、「なぜゴールド・スミスはあれほどまでに裕福なんだろうか?」という疑念を抱くことになります。そして商売人たちは、疑念を払拭するために一致団結してゴールド・スミスに「金庫のなかを見せろ!」と要求したのです。

もちろんゴールド・スミスは預かっていたゴールドそのものを着服しているわけではありませんでした。ゴールド・スミスに預けたゴールドは、金庫のなかで大切に保管されていたのです。

そのためゴールド・スミスは商売人のゴールドを元手にして預かり証を発行し、金利を得ていたにもかかわらず、そのことは誰にも気づかれなかったのです。ゴールド・スミスのビジネスは危機一髪のところで崩壊を免れたのです。

しかしなんとなく釈然としない商売人たちは、ゴールド・スミスにこんなことを要求しました。「ゴールド・スミスさん、わかりました。あなたはこのままビジネスで儲けてください。そのかわり、ゴールドを預けたわたしたちにも分け前をください!」と。これが「利ザヤで儲ける」という意味での銀行業の始まりだったのです。

お金の発明

銀行家は低い利息を預金者に支払い、それから高い利子をつけて借り手に貸し出しました。高い利子と低い利息との差額が、銀行の利益と営業経費をカバーしたのです。

利ザヤで儲けるというシンプルなカラクリは、銀行家を満足させる理にかなった方法です。しかし銀行家ゴールド・スミスは、預金者に分け与えられた金利の後に残った収入だけでは満足しなかったのです。

当時は産業革命の時代です。銀行家に対する需要は世界的に拡大し、ヨーロッパでは急成長を遂げていました。しかしながらゴールド・スミスのローンは、金庫にある預金者の預金量に制限されていました。

「お願いします。ゴールド・スミスさん。貿易をするのにお金が必要なんです。なんとかして融通してくれませんか?」とどれだけお願いされても、「ない袖はふれない」わけです。

資金需要があるのにお金を貸し出せないというもどかしい状況は、ゴールド・スミスに大胆なアイディアを思いつかせたのです。ゴールド・スミスはこう考えました。

金庫の中身がどうなっているか。そんなことは、わたし以外は誰も知らない。ということは……ゴールドがなくてもお金(借用証書)を貸し出すことができるのではないか?

お金(借用証書)の持ち主が同時にゴールドの返還を要求することはない。大丈夫。誰も気づくものはいないだろう。

この新しい計画はとてもうまくいきました。

そしてゴールド・スミスは、実際にありもしないゴールドに紐づいたお金(借用証書)の金利によって莫大な富を築いたのです。銀行家が何もないところからお金を創り出すアイディアは、とても信じがたい乱暴な不法行為でした。

しかしお金を発明するその力とアイディアは、銀行家をとてつもなく裕福にしました。やがて銀行が貸し出しているローンの大きさと、銀行家たちの莫大な富が、預金者に再び疑念を抱かせるきっかけになってしまったのです。

銀行業の破綻

何人かが預かり証と引き換えに、本物のゴールドを要求しました。噂は瞬く間に広がり、お金持ちの何人かが銀行にある(はずの)ゴールドを引き出すために殺到したのです。そしてあっけなく……ゲームは終わりを告げたのです。

たくさんのお金(預かり証)の持ち主が、閉じられた銀行のドアの前に群がりました。しかし銀行は、すべての紙幣(預かり証)に見合う十分な金銀を持ち合わせてはいません。

万事休す。これは取り付け騒ぎと呼ばれ、すべての銀行家が恐れていることです。

この銀行の取り付け騒ぎは、個々の銀行を破綻させました。そして当然のごとく、銀行の信用はボロボロになりました。以上のような流れで、銀行業は歴史から姿を……消しませんでした。

銀行業が姿を消さなかった理由の一つは、「産業革命の時代でお金が大量に必要とされていた」ということも大きかったでしょう。しかし「銀行業は儲かる」という点に、国家が注目した点も見過ごせないポイントのひとつです。

つまり国家自体が銀行業に介入すれば、国家が潤うのです。結局のところ銀行業は歴史から排除されることなく、国家による法律で銀行を規制するというところで落ち着いたのです。

法律の制定

権力の介入により、ゼロから(無から)お金を創る方法に規制が入ります。具体的にどのような規制が入ったのかといえば、無から創り出すお金の量に規制が入ったのです。

ゼロから際限なくお金を生み出すのは、さすがに節操がなさすぎる。だから実際のゴールドの量『1』に対し、虚構のお金は『9』までにしよう」という具合です。

そしてただの詐欺師集団だったはずの人々は、少しずつ力をつけて次第に国家にお金を貸すまでに成長します。そして国家にお金を貸しつけることで、また少しずつ影響力を増していくのです。

事実、イングランド銀行(中央銀行)は1694年の設立当初は民間の大銀行の一つでした。民間銀行の一つであるにも関わらず、その後1844年に制定されたピール条例によって、イギリスの中央銀行として通貨発行権を独占します。

一国の通貨を発行する権利が政府ではなく、政府から独立した民間銀行に握られているという意味不明な状況は、実は……現代でも現在進行形で続いているのですが、それはまた別の機会に詳しく解説します。

まとめ

ゴールドスミスは「犯罪者」として歴史に名を刻みます。しかし驚くべきことに、歴史上、犯罪として一度は断罪されたはずの行為は「法律で整備」されることで「合法」になり、現在のわたしたちの社会にも当たり前のものとして存在しているのです。

そして驚くべきことに、現代ではさらに状況は悪化しているのです。あなたは今回ご紹介した「お金」と、現代の「お金」がまったく異なるものであることに気づきましたか?

今回ご紹介した「お金」が『ゴールドに紐づいたお金』なら、現代のお金は『お金に紐づいたお金』でしかないのです。

かつて『ゴールドに紐づいたお金』は、銀行にお願いすれば「ゴールド」に交換することができました。お金の価値はゴールドが担保していたのです。

その一方で現代のお金である『お金に紐づいたお金』は、「お金」にしか交換してもらうことができません。

もちろんあなたが1万円を2つに破って、その1万円札を銀行に持ち込めば、新しい1万円札と交換してくれます。しかし1万円札をゴールドに交換してくれるわけではないのです。

一体いつから、お金は「信用」というあやふやなものでしかその価値を担保されない、得体の知れない存在になってしまったのでしょうか?

あなたが(そして多くの日本人がそうであるように)お金についてハッキリとしたイメージをもてないのも、しょうがないと思うのです。なぜならば、ゴールドで価値が担保されていたお金の性質がまるっきり変化してしまってから、まだ50年弱しか時間が経過していないからです。

そうなのです。お金の性質が変化したのは「戦後」の出来事なのです。次回は、お金の性質が変化した戦後の大事件をわかりやすく解説したいと思います。

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