嫌われる勇気が対話篇である理由

本書は、フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称される、アルフレッド・アドラーの思想(アドラー心理学)を、「青年と哲人の対話篇」という物語形式を用いてまとめた一冊です。

【出典:嫌われる勇気 p.12】

嫌われる勇気が「青年と哲人の対話編」という物語形式を用いてまとめられているのはなぜでしょうか?

ギリシア哲学

『嫌われる勇気』を読めば、その理由が「ギリシア哲学」にありそうなことくらいは、多くの人が気づくと思います。哲人は「ギリシア哲学の徒」であり、ギリシア哲学といえばプラトンの対話編を思い出すからです。

『嫌われる勇気』のあとがきまで読めば、「プラトンの対話編と関係があるのでは?」という仮説が、あながち間違ってはないことがわかります。ライターの古賀史健(こが・ふみたけ)さんは、以下のような言葉を残しています。

ソクラテスの思想はプラトンによって書き残されました。わたしはアドラーにとってのプラトンになりたいのです」という言葉に、思わず「では、ぼくは岸見先生にとってのプラトンになります」と答えたことが、本書のはじまりになります。

【出典:嫌われる勇気 p.289】

師匠であるソクラテスの思想を、弟子のプラトンは対話篇という物語形式を用いて後世に残しました。同様にライターの古賀史健さんは岸見一郎先生の思想を、対話篇という物語形式で表現したかったのでしょう。

ではなぜそもそもプラントは、ソクラテスの思想を対話篇という形式を用いてまとめたのでしょうか?

人を見て法を説け

ギリシア哲学の権威、田中美知太郎先生によれば、プラトンは書物というものをはっきり軽蔑していたそうです。なぜならば書物というものは、ひとりひとりの人間に応えてくれないからです。

自分にしか理解できない言葉に意味はありません。誰もが同じ言葉を使うからこそ言葉には意味があります。現代社会ではSNSの拡散力(炎上!)が話題になりますが、かつて拡散力をもっていたのは書物でした。宗教観・恋愛観・国家観といったものの背景には書物があったことは間違いないでしょう。

しかし書物に書かれた言葉には限界もあります。「人を見て法を説け」という言い回しがあります。相手の人柄や能力を見て、それにふさわしい助言をすべきである、という意味ですが、書物には「人を見て法を説け」を期待することができません。

プラトンの師匠であるソクラテスはまさに「人を見て法を説け」を実践していました。師匠であるソクラテスの教えを書物という形で後世に残すのであれば、対話形式しかありえないだろう……とプラトンは判断したのでしょう。

さて……アドラーも「人を見て法を説け」の実践者でした。アドラーはカフェに友人と集まって、哲学、政治、医学、気取らない噂話を語り合うことを好んだそうです。

ここまでお話すれば、『嫌われる勇気』の読み方にも注意が必要であることに気づくでしょう。『嫌われる勇気』は、哲人と青年との対話であって、哲人とあなたとの対話ではないのです。である以上、哲人と青年との対話を通じて、哲人の思想から「自分の人生に取り入れることのできる何か」を感じ取るしかないのです。

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