「性格は変えられる」の真意

ひとたび思春期を迎えると、それ以降死ぬまで人の性格は変わらない……というのが通説だと思います。むしろカメレオンのように性格が変わる人がいたら、付き合いにくいと感じるのではないでしょうか。

たとえばあなたがある人に挨拶すると、ある日は笑顔だったのに、次の日は無視されて、その翌日は怒鳴られたら……安心して付き合うことができない……と感じるのではないでしょうか。

その一方でアドラー心理学は『性格は変えられる』と主張します。アドラー心理学の真意はどこにあるのでしょうか?

今回の内容は『ライフスタイルのモデル』の②を理解する上で役立つはずです。

提案)ライフスタイルのモデル
  • 性格を決めるのは自分。
  • 但し、性格を丸ごと変えられるわけではない。
  • 自分の努力で変えられる性格とは信念に関わるものであり、だからこそ性格は一瞬で変わる可能性を秘めている。
  • しかしわたしたちは過去の成功体験に囚われ、「性格を変えない」という決断を下し続けているので、性格を変えることができない。
  • 「決断」や「自己分析」で性格を変えようとするが、これは典型的な間違いである。考えることをやめて、起こっていることをありのままに見つめることが、性格を変える第一歩。
  • 「事なかれ主義」に落ち着つくことなく、性格を変え続けるためには、不確実性を受け入れる勇気が必要不可欠。
  • 「現状維持の未来」について考えれば、勇気が湧いてくる!試行錯誤を繰り返し、成功体験を積み重ねれば、性格は変わる。

『無意識』

一般的に、その人の無意識的な行動パターンになってしまっているものを『性格』といいます。たとえば『嫌われる勇気』に登場する青年は、コーヒーをこぼされて怒鳴った経験を哲人に告白しています。

昨日の午後、喫茶店で本を読んでいたとき、通りかかったウェイターがわたしの上着にコーヒーをこぼしてしまいました。買ったばかりの、いわゆる一張羅です。カッとなったわたしは、思わず大声で怒鳴りつけました。普段のわたしは、公の場で大声を出すことなどありません。しかし、昨日ばかりは店中に響きわたるくらいの大声で怒鳴り散らしてしまった。怒りに駆られ、我を忘れてしまったわけです。

【引用:嫌われる勇気】

周囲の人に対して、ついつい声を荒げてしまったという経験は誰にでもあるでしょう。『無意識』という言葉は、一般的にこのような状況で使われます。「無意識のうちに、おかしなことを言っていた」「無意識のうちに、こんなことをしてしまった」といった具合にです。

ここで無意識という言葉について、少し説明する必要があります。フロイトの精神分析でいうところの【無意識】は、一般的に使われている『無意識』とは意味が異なるので注意が必要です。

フロイトの考える【無意識】というのは自分が気付かないくらい心の奥にあるもので、しかもその人の精神に大きな影響を与えるものなのであって、一般的に使われている『無意識』とは似て非なるものなのです。【無意識】について説明しておきましょう。

【無意識】

フロイトのいう【無意識】があることは、心理学者のロジャー・スペリーとマイケル・ガザニガによって実証されています。スペリーとガザニガは、どのような実験をしたのでしょうか?スペリーとガザニガは、てんかんなどの治療のため右脳と左脳をつなぐ脳梁(のうりょう)を切断した「分離脳」患者にさまざまな実験を行ったことで有名です。

「分離脳」患者はどのような特徴をもっているでしょうか?「分離脳」患者は、右脳に入力される左半分の視野に文字を示されても、その文字の意味を認識できません。つまり「分離脳」患者にとって世界の左半分は、意識の上では存在しないことになっているのです。

なぜならば右脳と左脳をつなぐ脳梁(のうりょう)が切断されているため、左半分の視野(つまり右脳)で文字を認識しても、文字を認識する役割のある左脳に、右脳からの情報を伝達させることが出来ないからです。

スペリーとガザニガは、「分離脳」の患者の左半分の視野に「笑え」と書いたボードを置きました。「分離脳」の患者はどのように反応したのでしょうか?「分離脳」の患者は笑ったのです。スペリーとガザニガは「分離脳」患者に、「なぜ笑ったのか?」と質問しました。すると「分離脳」患者は、「先生の顔が面白かったから」と答えたそうです。

分離脳患者の実験結果は、右脳は言語を意識化する能力はなくても、言葉を理解し命令を実行する知能を持っていることを示唆しています。しかしここからが重要なポイントなのですが……右脳による行動は【無意識】に行われるため、右脳から切断された左脳は、自分がなぜ笑ったのかを知ることができないのです。

性格は変えられる

つまり何がいいたいのかというと……人には【無意識】の領域があり、【無意識】的な行動については、その理由をいくら考えてもわからないのです。

【無意識】についての分析を試みたのがフロイトです。しかしアドラーは【無意識】にそれほど踏み込まないのです。アドラー心理学が対象にしているのは、主に『無意識』なのであって【無意識】ではないのです。要するにアドラー心理学において『性格は変えられる』というとき、その性格は『無意識』的な行動パターンなのであって、【無意識】的な行動パターンではないのです。

【無意識】的な行動パターンとはたとえば、呼吸です。わたしたち一般人は「よし!呼吸しよう!」と意識して息を吸ったり吐いたりしているわけではありません。コーヒーをこぼされて怒鳴ったとしても、呼吸を忘れることはできません。もし呼吸を忘れたら、わたしたちは死んでしまうでしょう。

もちろん、厳しい修行によって【無意識】的な行動パターンをコントロールできる人たちがいることは事実のようです。

しかしわれわれ一般人にとって必要なのは、きびしい修行による【無意識】的な行動パターンの制御ではなく、『無意識』的な行動パターンの制御のほうでしょう。そしてもちろんアドラー心理学が主に対象とするのも『無意識』的な行動パターンの制御なのです。

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