人生の「マスターキー」

前回の講義では、人間関係に関する認識を西洋的な見方から東洋的な見方に変えることを提案しました。

しかし人間関係に関する西洋的な見方が「存在があるから関係がある」であり、その一方で東洋的な見方が「関係があるから存在がある」といわれてもピンとこない人も多いでしょう。

そこで今回の講義では、多くの人にとって身近な結婚・離婚というテーマに沿って、人間関係の異なる見方について深堀りしていこうと思います。

西洋的な結婚観

現代日本人の結婚観は、西洋的な見方に影響を受けています。西洋的な見方とは、いわば「キリスト教の考え方」です。

キリスト教的な結婚観を見事に表現している映画にLOVELESS(ラブレス)というロシア映画があるので紹介します。

メモ

LOVELESS(ラブレス)は、アマゾンプライムに加入している方であれば(執筆している現時点では)無料ですので、ぜひ鑑賞してほしいです。YouTubeでも数百円で閲覧可。

LOVELESS(ラブレス)では、激しく衝突する夫婦の様子が描かれているのですが、「もう離婚は避けられない」という段階になって、男性が会社の同僚に不安を吐露します。

実は……男性が務める会社の社長は熱心なキリスト教徒であり、そのため会社には「離婚なんてするやつはクビ」という暗黙のルールがあるのです。

熱心なキリスト教である社長は、「離婚なんてするやつはクビ」という過激な思想を、なぜ正当化するのでしょうか?

その理由を知るには、キリスト教を理解しなければいけないのですが、日本人でキリスト教を理解している人はほとんどいないはずなので少し補足します。

古い契約と新しい契約

キリスト教にはたくさんの流派がありますが、絶対的な共通点が一つだけあります。それは「聖書」が唯一の正典であるということです。聖書とはキリスト教徒にとっては、とても重要なものなのです。

なぜキリスト教徒は、聖書を重要視するのでしょうか?

その理由はズバリ「聖書は、神との契約が記述されている書物だから」です。

「契約」という点が非常に重要なポイントになります。ユダヤ教の聖典は「旧約聖書」であり、キリスト教の聖典は「新約聖書」といわれますが、『約』の意味するところは「契約」です。

つまり「旧約聖書」は「神と人間との古い契約」のことであり、「新約聖書」は「神と人間との新しい契約」のことなのです。

ですから西洋人は「契約」というものを重んじます。日本人が考える「契約」以上の意味があります。西洋人にとっては契約は「命」であり「絶対的なもの」なのです。

ビジネスにおいても日本人同士の取引であれば、日本人は契約書の存在をそれほど重視していませんし、何か不都合なことがあっても「話せばなんとかなる」と考える人もいるでしょう。しかし西洋人にとって契約は、必ず守るべきものなのです。

ここまでの説明を理解できれば、さきほど紹介した映画のなかで登場する会社の社長が離婚を許さない理由を想像できるのではないでしょうか?

結婚式では永遠の愛を誓います。しかし離婚するということは、神に誓った永遠の愛を一方的に破棄することを意味します。まさに神を裏切る行為です。だから離婚は許されないのです。

あなたの結婚観は?

あなたは結婚と離婚についてどのような価値観をもっているでしょうか?

おそらくあなたはキリスト教でもなければ、聖書を読んだこともないかもしれません。しかし「結婚≒永遠の愛の契約」という考え方自体は、無意識に受け入れてしまっているのではないでしょうか。

たとえばもしあなたが「結婚」について考える時に、「結婚すれば一生安泰」だと信じるのであれば、あなたはキリスト教的な結婚観を受け入れていることになります。

逆にもしあなたが離婚を検討する際に「罪悪感」を感じたり、「自分は約束を破った側だから悪いことをしている」という考え方に囚われているのであれば、あなたは無意識のうちにキリスト教的な離婚観を受け入れていることになります。

そもそも西洋的な価値観に囚われたままであれば、円満離婚を目指そうとすればするほど離婚から遠ざかる可能性が高いのです。なぜならば結婚を「契約」と認識した瞬間に、「どうにか話し合って、相手に結婚を認めてもらう」という発想になるからです。

「お互いの同意がなければ破棄できない」のが結婚の法的なルールですが、どれだけ話し合ったところで、相手が離婚に応じてくれる保証はどこにもないのです。

さて……「絶対的な契約」が近代社会の前提になっています。しかし「絶対的な契約」を守ることが夢物語に感じてしまうほど、時代の変化は早いのです。

複雑で変化のスピードが早い現代社会を生き抜くうえで、わたしたちはどのように考えて行動すればよいのでしょうか?

釈迦の悟り

わたしがあなたにインストールしてほしいのは「釈迦の悟り」です。釈迦の悟りとは「縁起」(えんぎ)であり、これからしばらくの講義で解説する「核」となるコンセプトです。

かつて縁起の思想を理解することは、とてつもなく難しいことだといわれていました。例えるなら微分積分ですら完璧に理解できない一般人が、相対性理論を理解するぐらい難しいことでした。

縁起を理解できず苦悩する人たちのエピソードはたくさんあります。

例えば、中国禅宗の開祖とされている達磨(だるま)大師は、縁起を理解するために(悟るために)瞑想に没頭し、座禅に没頭するがあまり足を腐らせてしまったそうです。

またある高僧は、壁の前に十年座禅しても、どうしても縁起が理解できないことに絶望し、高い崖から飛び降りました。飛び降りた途中に縁起を悟り、「しまった。もう遅い!」と思った時、梵天(ぼんてん)があらわれて高僧を救ったのだそうです。

仏教界の「超エリート」が、生涯をかけて悟るもの……それが「縁起」だったわけです。

あなたは驚くかもしれませんが、これからしばらくの講義でわたしがやりたいことは、あなたに縁起を理解してもらうことです。

縁起を理解するということは「悟る」ということです。そう。あなたには悟ってもらいたいのです。

あなたは「わたしには無理でしょ?」と思ったかもしれません。しかし「現代人であれば小学生でも縁起を理解できる」のです。

繰り返しになりますが、わたしは宗教の話をしたいわけではありません。釈迦が発見した「縁起」という画期的な悟りは、シンプルかつ合理的で、なおかつ現代の先端科学に通じる素晴らしい哲学です。ですから安心して学習してください。

最後に

縁起について「現代の先端科学に通じる素晴らしい哲学」だと説明しましたが、決して大袈裟な表現ではありません。むしろ縁起を理解することこそが、現代人が幸せに生きるために必要不可欠な知識であるとわたしは確信しています。

少し想像してみてください。これからのあなたの人生にはたくさんの問題が発生すると思います。それらの問題を解決するためには、「知識」が必要です。仮にそれらの知識を『鍵』に例えることにしましょう。

人生の壁にぶつかるたびに「鍵」(知識)をインプットし対応することもできます。しかしもっといい方法があるのです。

もっといい方法とは「マスターキーを手に入れる」です。マスターキーを手に入れることができれば、問題にぶち当たるたびに「鍵」を探す手間から解放されるのです。

そう。「縁起」こそが、あなたの人生のマスターキーとしての役割を果たしてくれるのです。縁起を理解し実践すれば、あなたは人間関係の悩みから解放されるだけでなく、セルフコーチングやビジネスへの理解も深まるはずです。

次回以降、あなたに「縁起」を理解してもらうためにたくさんの話をする予定です。頑張ってついてきてください!!!

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「縁起」を理解する4つの鍵