世界の露出

そんなに苦労してまで「社会」の中を生きなければいけないのか?という感覚の水位が年々高まっています。

事実は小説より奇なり

38歳初当選、戦後最年少首相、総理大臣として歴代最長の在任期間を記録した故・安倍晋三首相(以下、敬称略)が、旧・統一教会の守り神として君臨していたことが、まことしやかに囁かれています。

しかし「真実」は一般国民にはわかりません。事実として、安倍晋三が山上徹也に銃撃された後になっても、安倍晋三と旧・統一教会との関係性については「調査せず」というのが、岸田政権の方針です。

まさか日本の総理大臣が、カルト宗教として名高い旧統一教会とズブズブの関係であるだけでなく、本来であればカルト宗教を取り締まるべき国家公安委員長ですら旧統一教会とズブズブの関係だったなんて……ブラックジョークです。

しかしブラックジョークがまかりとおるのは日本だけの現象ではありません。たとえばドナルド・トランプ大統領は、ポルノ女優との関係性を公にさせないために、ポルノ女優に口止め料を払っています。

もちろん選挙資金でポルノ女優に口止め料を支払うわけにはいかないので、ドナルド・トランプ大統領の関係者が、住宅ローンを借りる名目で借金し、そのお金で口止め料を支払ったことが明らかになっています。「嘘みたいな本当の話」とはこのことです。

またロシアのプーチンも「ウクライナ侵攻は、2~3日で終わる」、「ゼレンスキーは逃亡し、キーウは速やかに陥落するだろう」というおとぎ話をどうやら本気で信じていたため、ウクライナ侵攻に踏み切ったのではないか?と囁かれています。

しかしウクライナのゼレンスキーは、「ウクライナ国民は最後まで戦う」と宣言。

ロシア・ウクライナ戦争は泥沼化。ウクライナ侵攻を成功させるどころか、たくさんのロシアの若者の命を失っている状況にいらだちを隠さないプーチンは、「領土の一体性」が脅かされた場合に小規模な戦術核兵器の使用も辞さないとの考えを表明しました。

核兵器をつかったら核戦争になり人類が滅びるかもしれない。だから核兵器は使えない。というのが常識だったはずなのに、「もしかしたら人類は核戦争をするのかもしれない」というリアリティーが高まっているのです。

明日世界は終わるかも

かつてSF小説は、現実を生きるわたしたちの発想を飛び越えるものとして機能していました。しかし本当にわたしたちの予想を飛び越えたのは、空想の世界ではなく現実の世界だったのです。

そのため一昔前だったら「アホらしい」と一蹴してしまうようなSF映画を観ても、「そんなこともあるかもしれない」という感覚に囚われてしまいます。むしろ現実がアホらしいからこそ「ドント・ルック・アップ」のような映画が誕生した……といった方が正しいでしょう。

まさに「現実は小説より奇なり」の現実を地で生きるわたしたちは、何を糧に生きていけばよいのでしょうか?

当たり前は当たり前?

現代のわたしたちが当たり前だと思っているものはすべて当たり前ではありません。

たとえば日本が真珠湾を攻撃したというニュースが流れた時、アメリカ人はフェイクニュースだと思ったそうです。また敗戦直後の日本人は、日本が経済大国になるなんて未来は想像もできなかったそうです。

戦後から100年も経過していないのにいろいろなことがありました。これからもいろいろなことがあるでしょう。しかしわたしたちは「一寸先は闇」かもしれないことを忘れがちです。

とはいえ「一寸先は闇」であることを忘れることができる人は、かろうじて「社会」のなかで幸せを実感できる人だけです。本来であれば、「社会」を守るべき人たちが社会を守ることに失敗している以上、これからも「一寸先は闇」を実感する人は増え続けるでしょう。

だから多くの人は「日本社会の維持」を願うでしょう。もちろん日本経済を立て直すことも、社会を回すことも大事なことです。しかし本当の問題は、日本経済を立て直しても、社会を回しても解決できないのです。

逃げ場がない日本人

わたしたちは「社会」でどんな地位を与えられていても、大金持ちになっても、「社会」に何の不満もなくても、「一寸先は闇」であるという現実に直面しうるのです。

むしろ物質的に豊かな成熟社会になるほど、誰もが「一寸先は闇」であるという現実に直面しうる……ということが顕著になります。

特に日本人は一億総中流を達成し、物質的に豊かになったからこそ、多くの人が「真面目に頑張っていたのに、なぜわたしは幸せを実感できないの?」という疑問を抱えてしまうのです。

貧乏であれば「お金持ちになれば幸せになれる」と信じることもできます。裏を返せば、現在の自分が幸せでないのは貧乏だからと自分を納得させることもできます。

しかし物質的に豊かになった日本人には「言い訳」が通用しないのです。そう。「社会」に言及するだけでは「一寸先は闇」の現実に対処することができないのです。だからこそ日本人はカルト宗教の餌食になりやすいのです。

「●●するべき」、「●●するべきではない」といった倫理は、わたしたちが社会の内側を生きることを前提にしています。しかしこの自明性が疑わしくなった時、倫理はどういう場所からやってくるのでしょうか?

問い自体は宗教学的になじみ深いのですが、わたしは宗教団体を運営しているわけではありませんので、この問いに宗教に頼らずに考えていきたいと思います。

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