前回の講義を受ける前のあなたは、あなたを含む周囲の世界を「過去⇒現在⇒未来」という時間感覚で認識していたかもしれません。「過去⇒現在⇒未来」という時間感覚が正しいのであれば、過去が不幸なら現在も不幸であり、そして未来も不幸という元も子もない結論になってしまいます。
そこで現状の延長線上にある未来を拒否したい(であろう)あなたに向けて、「未来⇒現在⇒過去」の時間感覚について紹介したわけなのですが……今回はもう少し理解を深めていただきたいと思います。
今回は、私の説明がうまくないこともあって、理解しづらいかもしれません。よくわからない場合には、気にせず先に進んでください。
天体観測
「未来⇒現在⇒過去」の時間感覚は、天体観測について考えれば理解が深まるかもしれません。例えば夜空を眺めているときに、あなたの目に入ってくる星の光は、何百光年前のものです。ですから地球上にいるあなたから見える星は、もうすでに爆発してこの世に存在していないかもしれません。
しかし地球から星を眺めている限り、すでに起きた「星が爆発した」という現実を知るのは何百光年先の未来になります。星が爆発した…その光が地球上に到達する…わたしたちはそれを観測する…という感覚は、まさに「過去⇒現在⇒未来」の時間感覚の世界です。
しかし視点を地球からもっと遠く離れた別の惑星に移動すると、また別の時間感覚を味わうことができます。例えば視点を地球からもっと遠く離れた別の惑星に移動すれば、地球と地球から見えていた惑星の両方が見えます。
すると星が爆発し、その光が地球にやってくるという光景が見えるかもしれません。これはまさに「未来⇒現在⇒過去」という時間感覚の広がった世界です。なぜならば地球から星を眺めている場合には未来でしか観測できないはずの「星が爆発した」という事実を、今この瞬間である現在において知ることができるからです。
一念三千
時間は「過去⇒現在⇒未来」に流れているようでもあり、「未来⇒現在⇒過去」に流れているようでもあります。そういう意味では、現在は「過去と未来がぶつかる場所」であり、言葉を変えれば「現在には過去も未来も同時に存在する」ということもできます。
もっとかみ砕いていうと、情報空間(頭の中の認識の世界)においては、時間は「過去⇒現在⇒未来」に流れるという認識と、時間は「未来⇒現在⇒過去」に流れるという認識が両立しているのです。
「現在には過去も未来も同時に存在する」という世界観は、中国天台宗の開祖である天台智顗(ちぎ)のいうところの「一念三千」に通じています。一念とは瞬間瞬間の心のことであり、三千とは過去、現在、未来のすべての現象を意味する三千の諸法のことです。
簡単にいうと一念のなかに、過去・現在・未来のすべてがつまっているということです。あなたは過去から現在をみてもいいし、未来から現在をみてもいいのです。あなたはどちらを選びますか?
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