フロイトとアドラーの学説上の対立

ええ、フロイトやユングの存在はわが国でも有名ですね。もともとアドラーは、フロイトが主宰するウィーン精神分析協会の中核メンバーとして活躍した人でした。しかし学説上の対立から袂を分かち、独自の理論に基づく「個人心理学」を提唱します。

【出典:嫌われる勇気 p.21】

フロイトとアドラーには学説上の対立があったのですが、学説上の対立とはどのようなものだったのでしょうか?

結論を先に言います。学説上の対立は神経症の原因についてです。フロイトはエディプス・コンプレックスを主張しました。一方でアドラーは、エディプス・コンプレックスそのものを否定はしなかったものの、エディプス・コンプレックスは男性的抗議に含まれると主張しました。

学説上の対立を理解するためには、エディプス・コンプレックスや男性的抗議について理解する必要があります。詳しく知りたい方のために、簡単に説明しておきたいと思います。

エディプス・コンプレックス

フロイトは精神分析の理論と臨床を確立させていくにしがたって、多様な心理的問題のなかで最も中核的な概念として「エディプス・コンプレックス」なるものを提唱しました。

エディプスとは、ギリシア悲劇に登場するオイディプスのことです。またコンプレックスとは、「複合体」「複雑なもの」という意味です。つまりエディプス・コンプレックスとは直訳すると「オイディプスの複雑なもの」というような意味になります。

ちなみにアテネの悲劇作家ソフォクレスの作品『オイディプス王』とは・・・「子どもが父を殺し母と交わる」という神託を受けたライオスが、息子のオイディプスを捨ててまで運命に抗おうとするものの、成長したオイディプスはそれと知らずに神託を成就してしまう・・・というような話です。

『オイディプス王』にヒントを得たフロイトは、すべての男性は母親との性交を望んでいるが、その欲望は文化的に抑圧されており、その抑圧が神経症の原因になっている・・・というようなことを主張しました。

しかしアドラーは、フロイトの主張に同調しませんでした。具体的には・・・

男性的抗議

エディプス・コンプレックスは心理的構造の単なる一部にすぎない。それは男性的抗議の非常に強力な一部である。

【出典:初めてのアドラー心理学】

フロイトは、エディプス・コンプレックスこそが神経症の原因になる核心であると主張したのですが、アドラーはエディプス・コンプレックスは、男性的抗議の一部であると主張したのです。男性的抗議とはなんでしょうか?

人は無力な存在としてこの世に生まれます。ですからわたしたちは劣等という位置から人生をはじめるのですが、無意識に「マイナスに感じる境遇」「無力な状態」から離れて、「プラスに感じる境遇」に到達したいという普遍的な欲求をもっているのだ・・・とアドラーは主張しました。そしてアドラーはマイナスからプラスを目指す欲求のことを、男性的抗議と呼んだのです。

ちなみに男性的抗議というネーミングを聞けば、現代に生きるわたしたちは性差別的なニュアンスを感じ取るかもしれませんがそうではありません。現在では性差別的な誤解を回避するために、男性的抗議は「優越性の追求」と呼ばれているようです。

さて・・・以上の議論を簡単に整理しておきましょう。

対立の要約

ようするにフロイトは、神経症の原因は親子関係にあると主張したのです。今回は詳しくは説明しませんでしたが、もしあなたがフロイトのエディプス・コンプレックス理論を勉強すれば、「父」「母」などの概念に出会うでしょう。

あなたはフロイトの主張に納得できるでしょうか?わたしたちが生まれた瞬間には悩みはありません。悩みは社会に適応する過程で生まれます。例えるならわたしたちの人生は、すでにはじまっている野球のゲームに途中から参加するようなものでしょう。

「ルールがおかしい!」と叫んだところで、国の体制や言語、社会のルールや常識といったものは「すでにそこにあるもの」であり、わたしたちはそれに従うしかありません。そして「すでにそこにあるもの」の象徴であり、もっとも最初に出会う人間こそが親です。フロイトはたくさんの患者を治療するなかで、親子関係が神経症の原因であるとの確信を深めていったのです。

その一方でアドラーは、神経症の原因のひとつとして親子関係にあること自体は否定していません。しかしわたしたちが生まれてから出会う人間は、親子だけではないでしょ?というようなことを、暗に主張しているのです。

フロイトの言い分

わたしがアドラーとフロイトの学説上の対立について知った時、「むしろ学説上の対立がないほうが不自然なのではないか?」と思いました。ひとつの集団のなかで意見の違いがあるなら、議論してお互いの理論を深めていけばいいと思ったのです。

しかしフロイトの自伝を読んでみると、フロイトの強い怒りを感じました。フロイトの自伝において、ユングやアドラーは『異端者』だと断罪されています。そしてユングやアドラーが精神分析から離れるのも当然のことだと、フロイトは主張しているのです。

一つの団体が二三の主要な点における意見の一致に基づいてつくられているならば、この共通の地盤を放棄した人間がその団体から離れていくのは自明の理であろう。

【出典:フロイト自伝

つまり精神分析の中心概念はエディプス・コンプレックスなので、エディプス・コンプレックスを受け入れないならそれは『精神分析』ではありません!というのが、フロイトの主張だったようです。

さらにフロイトの自伝を読むと、ユングとアドラーのどちらも『異端者』であるけれど、どちらがより『異端者』なのかといえばアドラーという印象を受けます。フロイトはユングについて否定的に言及したあとに、「アードラーは更に遠く精神分析から遠ざかってしまったと思われる」とまで記述しているのです。

なおフロイトは自伝のなかで、ユングやアドラーが精神分析から離れていったのは「フロイトが不寛容であるから」という主張に反論しているのですが、アドラーが亡くなった時のフロイトの行動からは、フロイトの不寛容さがにじみ出ている・・・という印象を受けてしまいます。

アドラーの葬儀でフロイトは「ひとりのユダヤ人の少年(フロイトのこと)のためにアドラーは大変良くしてくれたが、矛盾の中から業績を作っていった」という攻撃的な弔辞を送っているのです。

フロイトとアドラーの関係は、人間関係というものは一度壊れると修復がムズカシイことを教えてくれるのではないでしょうか。

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