ええ、フロイトやユングの存在はわが国でも有名ですね。もともとアドラーは、フロイトが主宰するウィーン精神分析協会の中核メンバーとして活躍した人でした。しかし学説上の対立から袂を分かち、独自の理論に基づく「個人心理学」を提唱します。
【出典:嫌われる勇気 p.21】
アドラーは「個人心理学」を提唱したのですが、なぜ「個人心理学」というネーミングにしたのでしょうか?
自由精神分析
アドラーがウィーン精神分析協会から脱退したのは、1911年の秋のことでした。そして1912年の秋頃から『自由精神分析学会』の活動をスタートさせました。
『自由精神分析学会』という名称からもわかる通り、フロイトと袂を分かった当初のアドラーは、自分自身のことを「精神分析家」と見なしていました。但し、精神分析家であることがフロイトの信奉者であることを意味しないという思いを込めて「自由」という単語を「精神分析学会」の頭につけたのです。
その後1914年にアドラーは、『自由精神分析学会』の名称を『個人心理学会』に変更しています。なぜ名称を『個人心理学』に変更したのでしょうか?
個人心理学
アドラーが『個人心理学会』という名称に至った経緯については、伝記などを調べても詳しい情報を確認することはできないのですが、フロイトの自伝に興味深い記述があります。
この二人の異端者への批判は大層寛大であった。わたしはアードラーとユングに彼らの学説を「精神分析」と唱えることを断念せしめることしかできなかった。
【出典:フロイト自伝】
フロイト自身が、アドラーとユングに対して「精神分析」という名称を使わないように、なんらかの圧力をかけたことを認めているのですから、おそらく本当のことなのでしょう。
とはいえなぜアドラーは『個人心理学』という名称を使用したのでしょうか?『個人心理学研究誌』の初代編集長のフルトミュラーによれば・・・
個人心理学という名は、心理的過程とその表現は個人的文脈からのみ理解しうるもので、すべての心理的洞察は個人から始まるという確信を表すことを意図している。
【出典:初めてのアドラー心理学】
「個人的文脈からのみ理解しうる」とありますが、わたしは個人的文脈「以外」に、心理的洞察の材料があるのか?と思いました。「すべての心理的洞察は個人から始まるという確信」といったところで、「そんなことは当たり前じゃないのか?」と思ったわけです。あなたはどう思いますか?
実は・・・「すべての心理的洞察は個人から始まるという確信」というのは、当たり前のようで当たり前ではないのですが・・・そのあたりについては別の機会に掘り下げていきたいと思います。
■ 「嫌われる勇気」に戻る

